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生田耕作『黒い文学館』その3 2006.1.31

引き続き、毒舌ぶりを発揮している箇所を2つほど引用します。

現代作家の顔ぶれについてはわたくしはほとんどといっていいくらい無知である。しかし、たまたま目に飛び込んだテレビの洋酒会社コマーシャル画面に、楽天的にふくらみきった薄汚い鬚ダルマじみたゲス面を見せられて、これが当代著名の文士と教えられては、わたくしのような旧弊人は、もはや <やんぬるかな> と言う他はない。
 そもそも文学者の顔などというものは、おおむね人前にさらせたしろものではないことぐらい、大方承知のはずである。聞くところによると、これら流行作家たちは、多額の印税収入を有し、生活には困らないはずだという。そして多忙をきわめる日常生活に追いまわされているとも。食うに困らず、暇もない身で、なにを好き好んで日本全国津々浦々にまずい面を披露し、生き恥をさらす必要があるのか、わたくしにはまったくもって不思議でならない。


 大学の仏文科に入ってみて驚きましたね。天下の京大の教授がピエール・ルイスの名前すら知らない。なにを教えているかというと、教室でテキストをにらみながら思わず居眠りしてしまう、ラシーヌ、コルネーユといった苔の生えたような古典か、そうでなければデカルトだとか、アランだとか、知的スノッブの糞詰り文章ばかりでね。今だってたいして変わりはありませんよ。ロラン・バルトとか、フーコーとか、デリダとか、構造主義とか。こういう感性の鈍い、頭の悪い手合いにかぎって、内容空疎なくせに、やたらと難解めかした文章を書きたがる。それを頭の悪いフランス語教師連がわかったような深刻づらして有難がっているんだから、どうしようもない光景ですね。ピエール・ルイスじゃないですが、他に面白いもの、すぐれたものがたくさんあるのに見向きもしない。ぼくは、文学というものは、なによりもまず、読んで面白くないといけないと思うんです。お勉強で小説を読むわけじゃなし。

次回は、言及している作家、芸術家の事等を。

*現在、トラックバック廃止しやがった楽天ブログから、こちらに移行作業ちうです。
んで、余計な部分は省いてコピペしてるんだけど、なにげに愛1ネタで懐かすぃ~事を書いてるので、これもコピペ。(笑) ↓↓↓

*昨日、会社でなにげに電波少年の話になったんです。
猿岩石、ドロンズ、なすび、チューヤン、真中瞳、などなど、次々と出ては消えてった訳ですが、スワンボートの人達はなんつったっけ…思い出せにゃい~私に応援の1クリックを~~~ !
かなり落ちてます。(TT) おねげーしますだ。
あ、あとロシア旅したバンドはなんつったけか。職場の同僚はCD買ったらしい。


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生田耕作『黒い文学館』その2 2006.1.30

『ラディカルの実態』の所は、もう3ページぐらい引用したいくらいなのですが…(^^;)
いやはや、実におもしろいです。なんとか抜粋して引用を試みてみます。

 ---今回の事件における生田先生の姿勢に対し、「猥褻なぜ悪い」と主張する人々の間から厳しい批判が起こっていますが、それに対する反論をお聞かせ下さい。

 彼らは言葉ではいろいろ勇ましいことを言いますが、そのじつ自らを自主規制してるんじゃないですか。その最たるものが、大島渚と、三一書房の社長の竹村一氏です。竹村、大島、斎藤のトリオは、上面ばかりラディカルであっても、実体はまったく裏腹ですよ。
 映画評論家の斎藤さんは日活ロマンポルノ裁判で、華々しい支援活動をやっていますが、ロマンポルノ自体、企業の中で金儲けのために動いているだけですよ。なぜ日活がポルノをやり始めたかといえば、映画離れしていく観客を引き戻し、つぶれかかった日活を再建するために、上層部が裸を出して客を集めろ、と天下り式に命じただけで、これは敢然に企業の論理なんです。金儲けですよ。---中略---
 三一書房の出した『愛のコリーダ』という本が、全くそれと同じです。即発禁になっては困るが、しばらくの間は店頭に出て、ある程度稼いだ段階で発禁になるのはかまわないという発想です。---中略---
 それからこれは余談ですが、斎藤さんがぼくに対する批判文の中で引用している「四畳半襖の下張」事件での五木寛之の発言、あれは一体なんですか。頭の悪さの見本ですよ。何べん読んでもぼくにはさっぱり意味がつかめない。それをありがたがって長々と引用している斎藤さんの頭脳を疑います。---中略---
 では、斎藤さんは表現の自由というような問題についてこれまでどれほどのことをしてきたか。ぼくは今とは比較にならないくらい、官憲の取締りの厳しかったずいぶん以前から、自分の作品の削除は絶対許さず発禁すれすれの状態を何度もくぐり抜けて、こんにちまでやってきたんですよ。これだけは掛け値なしではっきり言えます。---後略---


発禁すれすれ、生田耕作訳を好んで読んできた自分としては、とてもわかりますよ~。説得力あります。
是非生田名訳を手にとってみてくださいませ。あ、でも18才以上ぐらいか…?
眼球譚
マダム・エドワルダ

これの前の『芸術なぜ悪い』の項で、p.90にバイロスの絵が出ていますが、これが実に美しくて惹かれてしまいました。画集ほすぃ~



バイロス画集〈〔第1集〕〉 (1979年)
バイロス画集〈第2集〉 (1980年)

エロティック・アート・ギャラリー(6)
世紀末最高の画家フランツ・バイロスの耽美の世界。


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生田耕作『黒い文学館』その1 2006.1.29

エロス系フランス文学の翻訳と言えば、もうこれは生田耕作か澁澤龍彦でしょう !
バタイユなんて、生田耕作じゃなきゃ嫌って感じだもんね。
しかし、今まで翻訳でしか生田耕作の文章を読んだ事がなかったのです。(「解説」は除くとして)
これは、たまたま図書館で見かけて、なにげに借りてみたのですが、実におもしろいではあーりませんか !
歯に衣着せぬ発言が、大変気持ち良いです。それも視点が正しいからこそですね。
特に『<芸術> なぜ悪い』と『ラディカルの実体』の項。もう大島渚も五木寛之までバッサリですぜ。全文引用したいぐらいです。
この前サドの『悪徳の栄え』の所で、澁澤龍彦のサド裁判の事にふれましたが (こちら )、生田氏もバイロス画集で、ワイセツ図画販売容疑のかどで摘発された事があったのですね。
「芸術かワイセツか」の設問は時代遅れであり、ワイセツ裁判はいまや「ワイセツなぜ悪い」で争うべきだと言う、映画評論家の斎藤正治氏に対し、生田氏は次のように答えています。

あらためて言うまでもなく書物にはそれぞれの個性があり、同じくワイセツ容疑のかどで摘発されたとはいえ、『愛のコリーダ』と『四畳半襖の下張』を、また『壇ノ浦夜合戦記』と『チャタレー夫人の恋人』を、十把一絡に論ずるわけにはいかない。---中略---『バイロス画集』をわたくしは <美> の表現と見、<ワイセツ> とは見ない。「バイロス」の絵を今後も多くの人々に見せ、よろこびを共にわかちたいが故にわたくしは今回の摘発に反抗するのであり、ワイセツ問題一般にかんしてはもともとなんの興味もなく、そのようなことに老先き短い貴重な時間を無駄にする心のゆとりも、また資格も持ち合わせていない。ワイセツ専門家になりたくないのである。---中略---『バイロス画集にかんするかぎり、これをワイセツと見なす自由は官憲にない。なぜならバイロスの作品は <美> であって <ワイセツ> でないからである、どうして <美> であって <ワイセツ> でないと言い切れるか、それは <美> に敏感で、<ワイセツ> を嫌うわたくしがそう判定するからである。こと芸術にかかわる問題に、<美> に鈍感で、<ワイセツ> に敏感な官憲ごときが口出しすることをわたくしはだんじて許せないし、黙って引き退るわけにはいかないのである。

バイロス画集〈〔第1集〕〉 (1979年)
バイロス画集〈第2集〉 (1980年)
「芸術」なぜ悪い―「バイロス画集事件」顛末記録 (1981年)



『ラディカルの実態』に行く前に、かなりの長文になってもーたです。って訳で、次回につづきます。

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瀬戸内寂聴『あきらめない人生』 2006.1.27

美輪明宏さんの『愛の話 幸福の話』での対談で、この方に、なにげに興味を持ってしまいました。小説とかぜんぜん読んだ事ないのですが…(^^;) 図書館で偶然見つけて借りてみた本です。
このタイトルから、きびしい内容なのかな、と思ったら、とても楽しいエッセイ集でした。
魅力的な人達の紹介や、寂聴さんの旅行話などなど。
素直で人好きのするお人柄の中に、鋭い文章センスが光ります。ちょくちょく印象的な文に出会いました。以下引用をいくつか。

 私は、芸術はすべてエロスの香りのしないものに興味を持ちませんし、芸術とはそもそもエロスから発生したものだという考えを持っています。

 性欲をあまり罪悪視するのは、かえって性欲にとらわれ過ぎているように思います。
 問題は、今の日本では、働き盛りの夫が、家庭で性欲をすっかりなくし、妻が欲求不満で不倫願望症候群を起こしているということでしょう。


 花が散るため花を咲かせる以上に、人間が死ぬために生まれてくる運命のほうが苛酷なように思います。

 私たち人間は生まれたときから、死という種子を体内に抱えている果実のようなものです。いつも一緒にいるので、つい死について無関心になっているのではないでしょうか。愛する人の死や自分の大病に遭い、初めて自分の中に抱えていた死について、愕然と考え始めるのが私たち普通の人間なのでしょう。

やはり仏教的という感じでしょうか。某宗教のように性に関してきびしくない所が好感持てます。(^^;) それに正しいと思います。

それにしても、寂聴さんのエネルギーってスゴイっすよね。最近確かオペラを書いたとかって新聞で読みました。忙しく楽しく生きていれば、ほんとに年齢って関係ないんだなあ、と思います。

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美輪明宏『人生ノート』その6 2006.1.26

◆犯罪者天国日本◆
これは私も、ずーーーっと前から思っていた事です。ハゲしく同意っつー1文を。

 日本では不思議なことに、エセ・ヒューマニストや弁護士会のために、被害者のほうがひどい扱いを受けるわけ。被害者の家族の病歴も顔写真も出る。ところが加害者や加害者の家族は守られるんです。すごく手厚く守られる。しかも弁護士たちはその連中に知恵をつけて、どんどん刑を軽くさせるわけでしょう。
 そういう犯罪者の味方ばかりが多いから、「どんどん犯罪をしなさい。死刑にはなりませんよ。二、三年で出られますよ。だから殺してもいいんですよ。盗みもいいんです。人を傷つけてもいいんです。さあ、どんどんやりなさい」と奨励しているみたいなものなんです。


◆キリストと釈迦◆
にゃるほど~と思った1文。

「人間は卑しいもの、神は尊いものである」とはっきり切り離して考えているのがキリスト教です。人間はあくまでも卑しいものである、おのれの罪を悔いなさい、神の許しを乞いなさいということで、神と人間とを切り離しているわけです。
 それを釈迦がはじめて「神も人間も仏も同じですよ」といったわけです。「人間も神と同じなんだから、あなたも尊い神の一人である、自分の中の神の清らかな部分、仏の慈悲にあふれたやさしい愛の強く正しく明るい部分を増幅するように心がけなさい」といってるのが釈迦の教えです。
 どれをとるかは各自の自由ですけれども、切り離すのだったら、「どうせ私は卑しい人間だから」って思ってると、また悪いことをしてしまう。ところが「私は神である、仏である」と思っていると、仏が悪いことをしてはおかしいでしょう。神でありながらそういうことをしてはみっともないし、そぐわないからいけない。だから、自分で自分を律するようになるわけなのです。


◆『聖書』のインチキ◆
「汝殺すなかれ」なんて書いてあるキリスト教が、最も人殺してる気がするんですが、その事を美輪さんも書いています。後から書き替えられた可能性もあるのだとか。

「汝の敵を愛せよ」といったキリストが、男と寝ただけで憎むことを教えるなんて、こんな矛盾したバカなことをいうわけがない。これはあとのバカな国策主義の連中がかいざんして、書き替えたにちがいないと睨んでいます。

歴史を見てもひどいもんですが、今現在でも、キリスト教VSイスラム教で人殺ししてるんですからねえ・・・・・・。
多くの方に読んでほしいお薦め本です。


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美輪明宏『人生ノート』その5 2006.1.25

◆男と女◆

その1にも書きましたが、実に鋭く、男と女の正体を言い当てているのですよ。

過去からずーっと言いつづけられた「女」というものは架空の動物なんです。キリンビールの麒麟と同じです。昔から文学者を頭として男サイドが勝手につくりあげた「女」という怪物だったんです。架空の動物なんです。「かくあれかし」「こういうふうにあってほしい」というものなんです。やさしくて繊細で、保護本能をそそるような、いじらしくて、手をさし伸べたくなるようなあやうさがあって、はかなくて、そのうえしっかりしていて芯が強くて、明るくて思いやりがあって、よく気がついて、ロマンティックでセンチメンタルでかわいくてって、そういう理想的なものをいっぱいくっつけちゃったわけです。しかし、それは「女」という架空の動物であって、現実の本物の人間の女性とは別なものなんですよ。

「キリンビールの麒麟と同じ」なんて例えが好きです。(笑)
この幻想から離れられないと、アキバ系オタクになるのかしらん……なんて思っちゃいました。理想の女性っつーのは、もはやアニメ、漫画、小説の世界にしかいないっつー訳で。次は男編。

 一方、女は女で、男に対して「頼れる人」ということをよくいうでしょう。強くてやさしくて、よく気がついて、「オレについてこい」といって、細かいことをガタガタいわなくて、やさしくて明るくて頼もしくて、かわいいところもあってと。ところが実際には、男はグジュグジュしていて優柔不断で劣等感が強くて、マイナス志向で、風邪ひとつひいても死ぬような騒ぎするし、繊細すぎちゃってこわれやすいガラス細工みたいで、小さなことにもクヨクヨするし。
 だから男のほうがサービス業には向いているわけです。よく気がついて繊細だから。


まあ、今はわりになよなよした男がモテたりしてるし、「オレについてこい」型体育界系はモテなくなってるので (昔から?)、実際の男らしい男 (上記のような、という意味) がモテてる現象が起きてる訳です。これは女の方がわかっているとゆー事なのでしょうか。
何はともあれ、ここらで「女らしさ」「男らしさ」の定義を変えた方がいいんでないかと…。
「もうっ、男らしくないんだからあ」と言ったあなた、きっとそれは「男らしい」の間違いです。

次回で最後です~

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美輪明宏『人生ノート』その4 2006.1.24

◆結婚だけが人生じゃない◆
もうなんつーか…30代以上未婚子ナシは負け犬だの、そのまま40代になったらオニババだのと、ひどい謂れようじゃありませんか。
未婚女性に対して、あまりな虐めようですよね。いったい何をしたって言うのでしょう?
上記の本読んでから意見言えっつー事書いてる人も見かけるけど、それってまんまと戦略に引っかかった事になりますよね。意地でも読みたくないっつー気持ちがあります。タイトルで腹立たせて読ませるってのがそもそも気にいらん。
タイトルだけで、充分侮辱されてますからね。

そんな中で美輪さんの言葉は実に嬉しく、励まされました。

 いつの頃から、人間は結婚しなきゃいけないものだと誰が決めたのでしょう。ほんとうに結婚しなければ不具者なのでしょうか。
 醜く生まれたために結婚できない人は不具者なのでしょうか。だれも好き好んで醜く生まれついた人はいないのです。それにまた、べつだん醜いわけでもないのに、なぜか結婚できない人だって大勢いるのです。
 それをやさしく思いやる気持ちもなく、「結婚しないのはどこかマトモじゃない」と決めつけるのはどういうことなのでしょうか。---中略---どうぞ皆さん、独身でいる人に対して、なぜ結婚しないのか、結婚しろなどとおっしゃらないでいただきたいのです。---中略---
 既婚者のみなさん、結婚が人間の人格と関係があるように思うのはどうかやめてください。
 また、独身の人たちも妙に、コンプレックスを持ったりしないでください。あなたのまわりを見ても、結婚していても人間失格みたいな人はザラにいるでしょう?


とにかく普段思うのは、あまりにも考えナシに思いやりのない言葉を投げつける人が多いと言う事です。
「結婚しないの?」「子供生まないの?もう生めなくなっちゃうよ?」等、何度言われたかわかりません。人が毎日どんな思いで生きているのか、どんな状況にいるのか、何も知らずによくも無神経に言えるもんだ、と思います。(あは。ちと怒り爆発)

大事なのは「思いやり」ですよね。日本で暮していると、どうもこれが足りないと思えてしょうがないです。
私は転生輪廻のたぐいは、あまり信じていないのですが、こう考えれば腹も立たないだろう、にゃるほど ! と思った一文を。

 生まれかわりの回数のすくない人は、経験がないから思いやりがないわけです。思いやりのない人を見たときに、「この人は生まれかわりの回数がすくないんだな。前世はきっと灰皿か何かだったんだろうな」と思えばいいわけ。


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美輪明宏『人生ノート』その3 2006.1.23

◆安眠のコツ◆
これは自分にとって実に有り難い情報なので、メモしておきたいと思います。
p.17より。

寝たときに、両足を肩幅よりちょっと広げるぐらいに開いて、両腕はボール一つはさめるぐらいに脇から軽く離しておいて、背骨から頭の先までまっすぐにする。枕ははずしてそのまま寝て、鼻からゆっくり空気を吸って、口をすこし開けておいて、口からすこしずつ息をはく。そのとき目をつむっていながら眼球はまっすぐ前に持ってくる。
 そしてイメージ・トレーニングで、まっ赤な太陽を思い描きます。ドロドロの、まっ赤な太陽を。その太陽を足の裏のかかとのほうから、意識で吸いあげていく。吸いあげながら鼻から息をしていきます。足の裏から膝、お尻、腰、背中、首の後ろ、頭のてっぺんに来たときに、しばらくストップさせます。
 そこで太陽のエネルギーを充満させて、今度は口からでも鼻からでもいいから、息を薄く吐いていきます。そのときに太陽のエネルギーを、今度は人間の体の正面から、つまり眉から目、頬、口、あご、胸、おなか、そして局部、膝へとおろして、最後につま先からずーっと出していく。そして完全に吐ききります。
 そしてその時、太陽だけではなく、地球の地面のエネルギー、空気のエネルギー、いろんな星、地球、太陽と月、樹木、川、海、そういうありとあらゆる宇宙のエネルギーを全部意識の中で吸いとっていくのです。そのメインになるのが太陽。それをかかとから背中を通って頭のてっぺんまで持っていって、それから時間をかけてつま先から出してやる。
 それを三分でも五分でもいいから、起きたときと寝る前にやる。


寝る時はともかく、起きる時もとゆーのが大変そうですが。(^^;) エネルギーがなくなったなと思ったら、これをやると、自分の元来持っている自然のリズム、脈拍に戻ってくるそうです。

それと、狂った波動を調整する方法として、「南無妙法蓮華経」を唱えるといいとか。うちは浄土真宗だから、とかいわずに、とにかくやってみなさい、と書いてあります。これにはすごいパワーがあるのだとか。あと「アヴェ・マリア」と「念彼観音力」もいいそうです。おもしろい~。


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美輪明宏『人生ノート』その2 2006.1.22

◆頭はクール 心はあたたかく◆
「頭はクール 心はあたたかく」というのは、いつもそうありたいと思う理想的な姿です。以下p.12より引用。

 理想的人間とは頭は冷たく、心はあたたかく情熱に燃えているバランスの人をいいます。頭はあくまでもクールで冷たくて、どんなことがあってもカッカしない人。それでいながら思いやりにあふれていて、熱い情熱を持ってあたたかい心を持っている。

この逆の人が世の中多いわけですが…大晦日の大掃除中にNHKでやっていた夜回り先生、たまたまかけたら、つい全部見てしまったのですが、この先生はまさに「頭はクール、心はあたたかい」方だと思いました。
私は熱血漢というのは嫌いなのですが、この人は違うのです。莫大な知識を持ち、様々な状況に対して、実に冷静にそれぞれに適切な対処をしていました。
しかもボランティアでやっているのだからエライ。こーゆー人は偽善的な人が多く警戒しつつ斜に構えて見てしまふ訳ですが、この先生はモノホンだと思いました。

  

美輪さんは、毎日やっていくうち、やがてショパンのノクターンもベートーベンも弾けるようになるのと同じように、これも常に意識して習慣づけると良いと教えてくれています。


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美輪明宏『人生ノート』その1 2006.1.20

これは生きるヒントがいっぱい詰まっている本です。
この世とあの世、輪廻転生、生まれ変わり、等、そのまま卯のみにはしたくないような、神秘的な事も少々出てきますが (特に後半) なるほど、そのような視点で物を見れば、腹も立てずに心穏やかに生きていけるのだ、と納得出来る事もしばしばです。
美輪さんには、人を信じさせるパワーがあるのも事実なので、そのまんま信じ込んで読んでしまう方にはお薦めできるのかどうか…とも思うのですが。(^^;)
それはそれとして、楽な心で生きていけるコツが、大変鋭い視点で見事に展開されているので、これは読む価値大です。そして、何がおもしろいって、これほど男と女の事を正しく鋭く見ている方っているのでしょうか。すんごい言えてる ! ! そうそう ! ! と納得しきりでした。
今の世の中でほんっっっとに貴重な方だと思うんですよ。美輪明宏さんという人は。
細木 (クサった) 数の子なんて止めて、美輪さんの本を読みましょう !
でも六占星術では今年イイみたいなので、ちと信じたい気も…(笑)

これの前に『愛の話 幸福の話』を読んだので (こちらからどぞ ! )、『人生ノート』は普段話されている言葉そのままの印象が強く、『愛の話…』の方が、文章としては洗練されている感じがしました。
ですが、これはこれで、美輪さんが直接話されている感覚を受けるので、なかなかダイレクトに伝わるという面もあると思います。

また引用をしながら感想書いていきます。

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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その5 2006.1.18

*今日もR指定で。

爆笑な表現なんぞを2つほど。後のやつは、心臓の悪い方はご注意を。

わしの射精は激烈にして豊潤であり、翌日に前夜の疲れを感じることなどは絶えてない。放射する器官はどうかと言えば、まずは御覧じろ」と言ってミンスキーは、その賜物を白日の下にあらわしましたが、見るとそれは、長さ十八寸周囲十六寸の片口鰯のごとき胴に、帽子のごとく広がった鮮紅色の茸をかぶせた、いかにも巨大なものでありました。「どうだ、よく御覧じろ、歩いていても寝ていても、いつもこんなぐあいになっているのだよ……」
 「まあ、すごい」とあたしはこのお道具を見て叫びました


少年が出て来ると、彼は鞭打ったり、親嘴したり、賜物を噛んだり、ふぐり玉をつぶしたり、栽尾したりして、最後に火のなかへ追いやってしまいました。

こんな洒落た会話もありました。

 「わしを神に見立てるとしても、ヘルクレスはわしの役どころじゃない、どうもそんな気がする」と公爵が言いました、「さしずめわしはプルートンだな。地獄で亡者たちをとりひしぐ役目が与えられれば、わしは満足じゃ」
 「わしなら」とサン・フォンが言いました、「パンドラの匣になりたいね。わしの体内から飛び出したあらゆる災いが、各個に全人類を撃滅するようにな」


サドの小説は、ある種のファンタジー、メルヘンでもあると言ってもいいと思うのです。
ミンスキーの話なんて、もろお伽話ではないですか。
ここまで凄いと有り得ないし、(心臓を引っ張り出して自分の表門に入れちゃう、なんて技も ! ) 強烈にこれでもかってぐらい残酷な中にも、なにげにユーモアがあったりするんですよね。
最後に、澁澤龍彦氏の解説から引用して終わりたいと思います。

この『悪徳の栄え』が、かつて人類史上に存在した最もスキャンダラスな書物であるという事情は変わりはないだろう。モーリス・ブランショが正しく述べているように、「いかなる時代のいかなる文学にも、これほどスキャンダラスな作品はなかったし、いかなる背徳哲学も、これほど深く人間の感情や思想を傷つけるものではない」のである。いわば人間性に対する最大の陵辱が、そこにあると言ってよい。私たちは、だからサドのこの作品を読むことによって、いかなる時代のいかなる作家もあえて探究しなかった一つの絶対境、一つの極北的作品の世界を知る機会をもつことになる。どうしてこれを無視しえようか。人間性のよく堪ええない、過激なものがそこに在るからと言って、いまだ何ぴとも凌駕しえなかった、このモニュメンタルな作品を無視してよい理由にはならないのだ。

  


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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その4 2006.1.17

◆ここにもヤプーの原点が ! ◆

以前、SF古典名作のH.G.ウェルズの『タイム・マシン』を読んだ時 (感想はこちら。)、『家畜人ヤプー』は、コレからの影響が強いのだな、と思ったと書きましたが、サドの『悪徳の栄え』を読んでいて、またまた、おおっ、これはっ ! とびっくらこいちゃった箇所があります。まさにヤプーですぜ。p.309より引用。

 「諸君の目の前にある家具は」とこの家の主人が言いました、「生きているのだよ。ちょっと合図をすればすぐ動き出すよ」
 ミンスキーが合図をすると、テーブルはするすると動き出し、部屋の隅へ行ったかと思うと、またまん中に戻って来ました。五つの椅子も、やはりテーブルのまわりに並んでおりました。二つの釣燭台が天井から下がり、テーブルの中央を照らしておりました。---中略---「ごらんのとおり、このテーブルも、この釣燭台も、この肘掛椅子も、手ぎわよく並べられた一組の娘たちでできているのだ。料理の皿もこれらの娘たちの腰の上に、ほかほか湯気を立てながら、のせられるはずだ。食卓を照らす蝋燭は、彼女たちの玉門のなかに差しこんである。わしの尻も、諸君の尻と同様、この椅子に腰をおろすというと、このお嬢さん方の優しい顔や白い乳房の上に押しつけられるという寸法だ。---後略---


  


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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その3 2006.1.16

◆サドの無神論思想◆

ニーチェもサルトルもいなかった200年以上前に、サドは実に見事な無神論を展開しています。p.227より引用。

世界じゅうのあらゆる天啓宗教が、摩訶不思議の教養とか、非常識な原理とか、信じがたい奇跡とか、理性を混乱させるためにのみ作られたかのような、驚くべき物語などにみちみちておる。それらはすべて、神というものが隠れたものであって、神の存在は神秘的なのだと語っている。神が行なったと言われている行動も、この神の本質そのものと同様、いちいち理解を絶するていのものだ。もし神が存在していたとしたら、そもそもこんな謎めいた言葉で語る必要がどこにあったのだろう? 神秘しか語らないために姿をあらわすということが、いったいどんな意味になるのだろう? 宗教が神秘めいたものになり、理性にとって信じがたいものになればなるほど、あいにくなことに、宗教はそのなかに不断の糧を見いだすひとびとに愛好されるようになる。要するに宗教は晦渋になればなるほど、神聖になる。つまり、わけのわからぬ隠れた存在としての性格に適合するようになる、というしだいだ。

◆最近の犯罪との共通点◆

ここ10数年ぐらいの殺人事件って、理由なき殺人が多い気がします。相手は誰でも良かったとか。
200年以上前に書かれたこの小説に、最近の事件との共通点を感じてしまいました。p.478より引用。

「しかしおいらとしては、残酷なやり方をもちいるのでなければ、あいつらを殺したってしかたがないと思うね。必要によって盗んだり殺したりするのは、もうあきあきしたよ。ここらでひとつ、悪意によって、趣味によって、殺人をやりたいものだなあ。世界中の人間が、おれたちの犯した罪を知って、戦慄してくれないものかなあ……人類が、おれたちと同じ種類であることを恥じ入るようであってほしいね。そして、この罪を世界に証明するために記念碑が建設され、おれたち自身の手によって、その記念碑におれたちの名前が刻まれればよいと思うよ」

  

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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その2 2006.1.15

この小説のおもしろさは、サドのユーモアが垣間見える、SM拷問殺人の笑ってしまう程のあまりの凄まじさと、そのSM拷問殺人1つ1つのアイデアが豊富な事。実に工夫を凝らしていて笑えます。
そして悪人1人1人が大変しっかりとした悪の哲学を持っていて、すんごい長々と詭弁っつーか屁理屈こねる所だと思います。この屁理屈の部分は、ちと読むの辛い部分でもあるのですが、誰もが長々と演説ぶってる所がなんだか可笑しいのです。これはサド小説のお決まりでもあるのですが。
中には、成る程と思える部分もあったりします。ただ、その理屈から導き出す結論が、ちょっとそりは違・・・って事なのですが。以下、角川文庫澁澤訳、p.12より引用。

「評判なんてものは、何の役にも立たぬ財産なのよ。あたしたちが評判のために、どんなに犠牲を払っても、けっして償われはしないのよ。名を得ようとやっきになっている者も、評判のことなど気にかけない者も、苦労の多い点ではどちらも同じよ。前者はこの貴重な財産が失われはすまいかといつもびくびくしているし、後者は、自分の無関心をいつも気に病んでいるの。そんなわけで、もしも美徳の道に生えている茨が、悪徳の道に生えている茨と同じほどの量だとしたら、いったいなぜこの二つの道の選択にあたしたちは頭を悩ますのでしょう、あたしたちは自然のままを、思いつくままを、そのまますなおに信用していればよかりそうなものじゃありませんか?」

次のジュリエットの言葉も、なかなか鋭いと思います。p.407より。

 「これであなたが悪者だということがよくわかったわ」とあたしはブラスキの言葉をさえぎって言いました、「あなたがまじめな人なら、人間を欺くことより人間を啓発することを愛するにきまっていますもの。人々の目に目隠しをつけるより目隠しを取り去ることを考えるにきまっていますもの」

目隠しうんぬんの所なんて、なかなかではあーりませんか。
その3へとつづきます。

  


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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その1 2006.1.14

*R指定でお願いします

20年ぶりぐらいに再読したんで、だいぶ忘れてましたが…いやはや、ここまで物凄いと笑うしかないっつー小説。
これはサド裁判で、翻訳の澁澤龍彦氏が有罪になった、あの小説です。
サド裁判についてはこちらこちらなどを。( 勝手に拝借、すみましぇん )
本も出てます。
サド裁判(上)
サド裁判(下)

そんなわけで、検察官が猥褻であるとして指摘した十四か所の、「露骨にして具体的なる性交性戯に関する記述」がカットされ、さらに私が読んだのは、ほぼ三分の一ほどの量に圧縮した抄訳です。今は完訳も出ています。

その澁澤が、抜群の翻訳センスを発揮している小説です。
(澁澤龍彦に関してはこちらも是非。)
江戸時代から既に使われているようなエロ用語を連発する、この粋なセンスには脱帽です。
そして、上品かつ綺麗な言葉遣いですごい事しゃべってるのが、おもしろすぎな小説です。
使われているエロ用語の例。

千鳥 お若気 (にゃけ)  表門 裏門 玉門 菊座 栽尾 首尾 気をやる 埒をあける 

以下の会話なんて「ねえねえ、前と後ろ、どっちが好き?」なんてゆーよりも、実に洒落てるじゃああーりませんか。(ま、別の意味にとられそうではありますが…)

「女に許された二つの快楽のうち、あなたは表門と裏門とどちらを余計好みますか?」
「ときによるとあたしは、表門に何する殿方を不首尾に終わらせることがありますけれど、裏門をつくお方には、絶対にそうはさせません」


「鑢 (やすり) をかける」なんて表現もおもろいです。p471より引用。

こうして二人を相手に二時間近くも鑢をかけたのに、絶頂まではゆかなかった。彼がテルゴヴィッチをものしている最中、おれは栽尾していたが、この男ほど感覚が鈍くなってはいないので、ついに埒をあけてしまった。ポーランド人は完頂することなく鑓先を抜くと、

ってな感じなんですよん。

実に楽しく読んでしまいました。
付箋いっぱい貼ったので、またまた引用地獄へ御招待。まさに地獄のような小説なのですが (^^;)、これもまた長くなりそうです。

  

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モーパッサン『女の一生』その2 2006.1.13

とにかく受け身で何もせず、自分の不幸を嘆いているばかりじゃあ、幸せなんてつかめる訳がないと思うのです。
誰にでも襲ってくる不幸にどう対処するかが大事なのだと思いますが、この人は何も打破しようともせずに、自分の不幸をただ嘆きながら一生を終えてしまうとゆー感じです。
元々は良い両親に恵まれ、愛されて育てられ、なかなか幸せな境遇だったのです。そして、幸運がやってきても活かせないのです。ラストはなにげに希望が持てそうでもありますが、ああ、どうせ同じ過ちを繰り返すんだな、と思わせられます。
小間使いのロザリが、憤った読者の気持ちを代弁してくれているようです。

 ジャンヌは口癖のように繰返していた。
「わたしはこの世では運がなかったんだよ」
するとロザリが大声にどなった。
「では、パンのために働かなくちゃならないとなったら、なんとおっしゃるでしょう? 日雇い仕事に行くために、毎朝六時に起きなくちゃならないとなったらね ! ところで、そうしなくちゃならない人間は世の中にたくさんいるんですよ。そして、年をとると、慰めのない暮しのまま死んでいくんですよ」


お金を使い果してどうしようもなくなり、お屋敷を売るハメになるのですが、その引っ越しのシーンはなかなか良かったです。
普段気付かずにいる空気のように身近なものが、すごく大切なものだと気付くのです。

こうは生きたくない、反面教師的「女の一生」でした。




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モーパッサン『女の一生』その1 2006.1.12

美輪明宏の『愛の話 幸福の話』を読んだ後、次何読むべか、と、なにげに自分の本棚から手に取ったのがコレだったのです。
裏表紙に書いてあるあらすじを読んで、すんごい暗くて憂鬱になりそ・・・と思ったのですが、まあ手に取ったのだし、読んでみっか、っつー訳でして。
一部引用しますか。ちなみに新潮文庫、新庄嘉章訳です。

修道院で教育を受けた清純な貴族の娘ジャンヌは、幸福と希望に胸を踊らせて結婚生活に入る。しかし彼女の一生は、夫の獣性に踏みにじられ、裏切られ、さらに最愛の息子にまで裏切られる悲惨な苦闘の道のりであった。

もう、なんつーか…映画の『居酒屋』とかが浮かんでしまいました。(原作読んでないっす)

 

しかし、いざ読んでみると、おもしろくて夢中で読めてしまいました。
イプセンの『人形の家』と正反対とゆー感じ。
この主人公の不幸は自業自得で、あまり同情出来ない面があるのです。
しかし、これって、現在にもごろごろある話なのではないかと…。そこが実におもしろかったです。私には、結構笑えてしまう話でした。
もっとすんごい悲惨な話だと思ったら、なーんだ、良くある話じゃんってわけで。結婚に多大な夢を抱いていた女性が、いざ結婚してみたら、優しいと思っていた夫がケチでおまけに浮気性だったとゆー、実にその辺にごろごろある、新聞の悩み相談にしょっちゅう出ているようなストーリーです。
そして、次々と借金しては母親に無心する息子に金をやってしまふこの母親は、これもまさに現代によくある話ではあーりませんか。これまた悩み相談でよく見かける話です。
息子がどうしようもない人間になるのだって、あったり前なんですよ。
もうねえ…この主人公に喝 ! !

って訳で、次回につづきます。



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加賀乙彦『ドストエフスキイ』その3 2006.1.11

◆ドストエフスキーの性質・性格◆

ドストエフスキー作品の登場人物の特徴として「過剰である」と言う事がまず言えると思うのですが、これは、おそらく、ドストエフスキーの癲癇性の性格と密接に結び付いているのでしょう。
以下p.89より引用。

---前略---弟アンドレイが言うように「なにをやらせても、ほんものの火のように燃えあがる魂の持主」であったのだ。適当にとか、我身を傷つけない程度になどという生温い生き方は彼にはできない。彼はたとえ自分が火傷を負っても、熱くならざるをえなかったのだ。金を使えば、それは浪費となり、ルーレットにふければ、とことんまで賭けてすっからかんになり、ロシア民衆を擁護すれば、ついには極端な皇帝崇拝になり、信仰に走れば、ロシア正教の正統的信仰を超えた熱烈なものとなり、反対に無信仰を研究すれば、イヴァン・カラマーゾフの造形にまでいたる無信仰の極限を見ざるをえない。
 あまりにも強く現実に密着した生活をおくる反面、現実から強烈な力で離脱したいとはかる。この接点にあるのが、彼の癲癇であり、文学創作なのである。


カラマーゾフの兄弟(上巻)改版
カラマーゾフの兄弟(中巻)47刷改版
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作者と作中人物について、p.124より引用。

 ブールソフは、ドストエフスキイが自伝的作家であること、主人公たちがすべて作者自身に起源をもっていることを指摘している。この点はトルストイが作中のある人物にのみ自分を投射したのとは大いに異なるという。
 たしかにドストエフスキイの小説を読んでいるといたるところ他の作家には断じてあらわれぬ風変りな人物が次々と登場する。また多くの作品をくらべてみると、同じような性格や思想を持った人間が再三登場し、<<ドストエフスキイ的>> というような形容詞をつけたくなることも事実である。人物がドストエフスキイ的であるということは、作者が自分をモデルにして作中人物に分与したこと、つまりすべての人物が作者の分身であることを推測せしめる。


そしてドストエフスキイの作中人物は多少とも作者に似ているけれども、作者にそっくりな人物は一人もいないとも書かれています。
ジイドは、ドストエフスキーは自分の著作の登場人物のひとりびとりのなかに、われを失って書いているからこそ、それらひとりびとりの中に彼が見出されると言っています。
夢中で他人を描こうとしたら、自分を描いていた、という訳です。

まさに加賀乙彦にしか書けないドストエフスキー論なのでありました。

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加賀乙彦『ドストエフスキイ』その2 2006.1.10

◆ドストエフスキーの獄中体験と加賀乙彦の死刑囚との接触より◆

精神科医として死刑囚と接してきた加賀氏ならではの、ドストエフスキー小説の理解の仕方には唸らされます。
『罪と罰』のラスコーリニコフの殺人シーンの心理描写は、すっっごくリアルでドキドキして読んだ記憶があります。
以下p.30より引用。

 殺人行為の直前、全身の脱力感におそわれるというドストエフスキイの洞察は驚くべき真実の発見である。そこには精神と肉体の麻痺、すなわち仮の死が見出されている。この仮死を通過しなければ、殺人という非日常的な行為は成就しない。とすればこの行為の前にラスコーリニコフが死刑囚のように濃縮された時間を体験したのもうべなるかなである。

(江川卓訳↓がお薦め。)
罪と罰(上)岩波文庫 江川卓・訳
罪と罰(中)岩波文庫 江川卓・訳
罪と罰(下)岩波文庫 江川卓・訳

罪と罰
罪と罰

この後、加賀氏が実際に会った殺人犯の例へと続くので、是非一読を。
ドストエフスキイ

次も、加賀乙彦ならではの見解で、とても興味深いです。p.37より引用。

 死刑囚たちの示す精神変調は、その困難な状況への彼らなりの必死の抵抗だとみなされる。爆発反応、ヒステリー、妄想反応は、言ってみればイッポリトの陥っている状態の極端なタイプなのである。自分の生命が、明日の朝、不意に断ち切られるかも知れぬという時、人間はおのれを正視することができず何とか逃げ道を探す。いくら探しても逃げ道がない場合、人間はおのれ自身を変化させることで身を守る、つまり病気に逃避するのである。

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加賀乙彦『ドストエフスキイ』その1 2006.1.9

◆癲癇◆

精神科の先生が、何故こんなにも文才に恵まれ、名作を産み出せるのだろうと思った事は以前書きましたが、加賀乙彦は少年時代に小説を書こうとしたそうです。
そして、その後の様々な経験の後、精神科医になったのも、常にドストエフスキーの影響があったそうです。

精神科医の目から見た「癲癇」という病気を通してのドストエフスキー考察は、実に見事。この病気の事なくしては、ドストエフスキーを理解出来ないと言っても過言ではないと思います。
癲癇の発作は、しばしば仕事を中断させられたものの、その結果として、数々の名作が生まれたのです。
以下p.80より引用。

 発作は彼の創作力を奪った。長篇作家として必須の条件である記憶力さえ奪った。しかしその困難の極点において突如、ムイシュキンやキリーロフが生れた。スヴィドリガイロフやスタヴローギンやイヴァンが発想された。そればかりでなく、あとで考察するようにドストエフスキイの重要な作中人物には多少とも癲癇性格の刻印があるのだ。癲癇という強大な破壊力をもつ病気が、むしろそれあるがためにすばらしい創造がおこなわれるみなもととなったのである。

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三国志 6巻 其の二 2006.1.6

以前も書きましたが、この小説の中で、特に魅力的に思えたのが曹操でした。
そんな曹操も年月と共に変化していく様が寂しいです。

 どんな英傑でも、年齢と境遇の推移とともに、人間のもつ平凡な弱点へひとしく落ちてしまうのは是非ないものとみえる。
 むかし青年時代、まだ宮門の一警手にすぎなかった頃の曹操は、胸いっぱいの志は燃えていても、地位は低く、身は貧しく、たまたま、同輩の者が、上官に媚びたり甘言につとめて、立見を計るのを見ると、(何たるさもしい男だろう) と、その心事をあわれみ、また部下の甘言をうけて、人の媚びを喜ぶ上官にはなおさら、侮蔑を感じ、その愚をわらい、その弊に唾棄したものであった。
 実に、かつての曹操は、そういう颯爽たる気概をもった青年だった。
 ところが、近来の彼はどうだろう。赤壁の役の前、観月の船上でも、うたた自己の老齢をかぞえていたが、老来まったく青春時代の逆境に嘯いた姿はなく、ともすれば、耳に甘い近側のことばにうごく傾向がある。
 彼もいつか、むかしは侮蔑し、唾棄し、またその愚を笑った上官の地位になっていた。


人間とは弱いものですね。
『三国志』を読んでいて思ったのは、感情に走り、聞く耳を持たず、頭をつかわない方は負ける、という事です。ここでの戦争とは、腕力ではなく頭脳と忍耐力なのですね。じっと待つ事は実に大切なことです。

そして、玄徳もまた、年と共に変化していきます。
?統 (←文字化けする~) という人が、めずらしく激怒した玄徳に言ったセリフです。
この小説、脇役が実におもしろいです。

「由来、皇叔というお方は仁愛に富まれ、怒ることを知らない人といわれていましたのに、今日のご立腹は近ごろの椿事でした。あと味はどうですか」
「たまにはよいものと思った。ーー後略ーー」


玄徳の返事がまた良いですねー。こういうユーモアが入る所が好きです。
次の文が、これまた良いです。人生とはこういうものですよね。

 百計も尽きたときに、苦悩の果てが一計を生む。人生、いつの場合も同じである。

6巻で思ったのは、猪突猛進型だった張飛の成長です。冷静に頭を使い、実に頼もしくなりました。
それと、現実離れした、おとぎ話めいた所もありました。「神卜」に出てくる占い師など、おもしろかったです。
424ページ~の蔡えん(漢字出ません)の話も良かったです。

       

    

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テーマ : 歴史小説
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美輪明宏『愛の話 幸福の話』その3 2006.1.6

美輪さんが貧乏のどん底だった頃の話は、よくテレビでもしておられるので、ご存じの方も多いと思います。その一方で、銀座へ出て歌えば、天下に名だたる作家や芸術家に大切にされたそうですが、その頃の事を『紫の履歴書』という本に書き、序文を三島由紀夫にお願いした時、「こんなに生活に困ってたのに、よくオレのとこに金を借りに来なかったな」と言われたとか。
以下引用。

 私が三島さんに限らず、彼らに金銭面で頼らなかったのには理由がありました。必ずや将来、文学ではとても及びもつかないけれど、アーティストとしては、いつか絶対に肩を並べてみせると思っていましたから。しかしその時、過去に一銭でもお金の貸借関係があったならば、どうしても一歩下がらなくてはいけなくなります。それは絶対にイヤでした。つらかったあの時、彼らに夢を与える存在でいたいという思いと誇りが、私を強くしていたのです。

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なんという素敵なプライドなんでしょう、と思いました。

何かある度に思い出したい言葉です。これを最後にしたいと思います。

 釈迦もキリストも日蓮も、聖者といわれている存在はみんな悲惨な人生を送っています。しかし何が起こってもビクともしない、強靱で清らかな魂の持ち主になるには、それ相応の試練が必要なわけです。苦労が絶えない、試練の連続だ、そういう人は魂の上級試験を受けさせられていると思えばいいのです。何かのせいにしたり、誰かを恨んだりするからよけいにつらくなる。自分が自分を育てる親であり、師であり、子でも弟子でもあるのだと思ってください。すると自分を信じ愛する力もわいてきます。

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美輪明宏『愛の話 幸福の話』その2 2006.1.5

飲み会っつーと、必ず出てくるのが年齢の話じゃないっすか?
年齢なんてどーでもいいじゃないですか。もう昔っからそうですよね。自分からは年齢の話題なんて出した事ないです。それは若い頃からそうです。日本人っつーのは、人や自分の年が気になって気になってしかたがないのだな、と感じます。
以下の文には実に共感。私は年をとる事に肯定的です。1年1年、知識も知恵も増えているし、重ねた経験の分だけ成長してると思うので。

 若さは一瞬のものです。
 本当に考えなくてはいけないのは、
 オバサンになってからの時間のほうが長いということ。
 そして、それをどう美しく生きていくか。
 人間は骨董品のタンスと同じ。
 手間暇かけて作られたものは
 時間を経ても愛され続けるのです。
 自分を磨く時間を惜しんではいけません。


私の携帯電話には、ローズクオーツと瑪瑙と、ペリドットのガムランボールがくっついてます。それと翡翠のブレス (と言っても通販の安物。かわいかったの) も身につけてたり、と安いものしか持ってましぇんが…宝石は大好き。
淀川長治さんの言葉が紹介されているのですが、これが実におもしろいです。

以前、映画評論家として著名だった淀川長治さんにこんなことを言われました。マレーネ・ディートリヒは身につけている宝石ばかりが目立ってときに下品になる。エリザベス・テイラーは彼女の顔だけが光って宝石が目立たないことがある。グレタ・ガルボはどんなに高価な宝石を身につけても、彼女自身と宝石の両方がいっぺんに光り輝くと。そして私に「よく見ると宝石を身につけているんですね。グレタ・ガルボと一緒で、宝石とあなたが一体化しているから気がつかなかった」と。

淀川さんの言う通りですね。流石ですよね。
ガルボや美輪さまのようになれたら最高ですね。まあそれは無理だけど…


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美輪明宏『愛の話 幸福の話』その1 2006.1.4

なにげに美輪さんの本を読みたいと思って、図書館にコレと『人生ノート』を予約し、こっちが先に廻ってきました。どれも「予約中」なので、やはり凄い人気だな、と。

感想は、20代前半あたりの若い人達向けかな。とは言え、私でも充分に楽しめました。
テレビでの話と同じく、苦労して生きてきたなりの、そして生まれつき希有な性質の人として生きてきた苦しみを克服した、突き抜けた確信を付く言葉だけでなく、やはり抜群の言葉のセンスもあって、おもしろかったです。綺麗な日本語の中にも、歯に衣きせぬ所がこの人の魅力ですよね。

美輪さんが、こうしなさいと言っている事、私はかなりの確率で実行して生きてきたじゃん、と思って、何かちょっと自信になりましたよん。
まあ、一切の見返りを求めず、相手の幸福だけを望む無償の愛に至るまでは、まだまだ遠いのですが…。難しいね、これは。

もうね、あるある ! 言えてる ! って言葉が満載なんすよね。次のなんか身にしみてわかっちゃうもんね。

ただひとつ言えるのは、女は被害者になりたがり、男は加害者でいたがるということです。男はコンプレックスとうぬぼれが強いから、悪いことしちゃったなと思いたい。自分が被害者だなんて、思いたくないのです。女はその逆。被害者でいるほうがメリットがあることを本能的に知っています。悲劇のヒロインになれる、世間が同情してくれる、慰謝料もたくさんもらえる。そして自分がつくり出した被害者意識を引きずって、相手を憎み、恨むのです。

ま、自分に関して言えば悲劇のヒロインはもういいよって感じですが…。(笑) 憎む気持ちも全くないです。慰謝料がたくさんもらえたら、そりゃいいっすよね~。

これだけ書いたら、結構な長さになってもーたです。
これも連載にするつもりはなかったのですが。(^^;) 次回につづきます~

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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