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阿川佐和子のワハハのハ この人に会いたい4 その3 2006.2.28

ちと間があいてしまいましたがコレコレのつづきです。

今度こそ、印象に残った言葉をザッと引用して終わります~(笑)。

宮沢りえ やっぱりペンはナイフよりも人を傷つけるものだなあと。

堺正章 だから、若い人たちにも言うんです。「トンネルに入ったなら、とことん入りなさい。必ず出口があるから。途中で縦穴掘って逃げて行くことだけはしちゃダメ。トンネルを抜ければ強くなってるよ」って。

日野原重明 福澤諭吉先生が、明治十一年に「子どもの教育は学校じゃない、家庭だ」と言ってるんです。教えて学ぶんじゃなくて、自然に習いとる環境、それが家庭なんですね。その家庭が日本にはないでしょう。だから、私は二十一世紀には、もう十歳児の殺人が起こるに決まってると思ってる。

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(2005/04)
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阿川佐和子のワハハのハ この人に会いたい4 その2 2006.2.23

印象に残った言葉をザッと引用して終わりたいと思いますが、やはり美輪さんはおもしろい !
共感しまくりつつ読みました。
(美輪明宏本について書いたものはこちらから。)
って訳で、いくつか引用。

「オジタリアン、オバタリアンがなぜそうなったと言うと、戦時中に軍属が「文化は軟弱である。国策に反する」って、奈良・平安時代から千数百年、ご先祖たちが練り上げてきた日本人の大遺産である美意識の文化をひねり潰したから。たったの五年間で。彼らこそ国賊ですよ。七たび死刑を申しつけたいぐらい。」

「たとえば一九一九年にできたドイツのバウハウスって造形学校の連中とかル・コルビュジエなんて馬鹿者が、機能性と利便性と経済効果だけを追求した無機質な建物を建てたわけです。ガラーンとした今のマンションみたいな建物の一切の装飾を排除した。そうしたら、そこではノイローゼになる人が出て、殺人とかあらゆる犯罪が起き始めたの。ドイツ人はすぐ分析しますから、調べたら建物のせいだと分かった。」

「だから、コルビュジエを尊敬してる安藤忠雄とか丹下健三とか、醜悪なコンクリートの打ちっ放しを造り続けている馬鹿どもはまとめて死刑ですよ。」

「だから、私は自分の本をジジイども、男たちに読ませたいの。男たちが読むのは、儲かる本とか出世するための本とかビジネスのハウツーものばっかり。見るテレビは、スポーツ、ニュース、夜中のエロ番組だけ。性欲と食欲と物欲の三つだけで、文化がないからね。そういう文化にまったく関係のない男たちが文化を提供してるわけだから、ヘンでしょ。」


安藤忠雄、最近もちと話題になりましたね。何故今「ヒルズ」って名前をつける?と思いましたが…
そして、男性の方達は美輪さんの本を読みましょう !
(美輪明宏本について書いたものはこちらから。)

こんなにひっぱるつもりはなかったのだけど…長くなったので<その3>につづきます。
次回で最後です。

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阿川佐和子のワハハのハ この人に会いたい4 その1 2006.2.21

母が妹から借りたこの本。んで、この本の話を母から聞かされているうちに、私も読みたくなって又借りしました。ちなみに1~3は読んでないです。
前からチャーミングな好感持てる女性だと思っていたんですが、彼女が相手だと、気がつけば、つい気楽にいろいろしゃべってしまったって感じじゃないでしょうか。
おすぎとピーコ、談志、美輪明宏、野坂などなど、おもしろい人のおもしろさをちゃんと引き出してくれてます。
さりげなくてイイんですよね~。
あとがきの、

 だから私は、予測はしても決めつけないようにしている。回を重ねるにつれ、決めつけることがいかに無意味かをつくづく思い知らされる。そして最近は、インタビューで大事なのは質問の内容如何より、その場でどれほどその人の気持ちに寄り添いながら話を聞くことができるかということのように思われてきた。

には、流石 ! 答えを想定して質問するインタビュアーって多いっすよね?どうしても「はい」と言わせるゾみたいな。

トップバッターは宮沢りえ。西武ライオンズファンにとっては、過去にスポーツ新聞の一面を取られた恨みがあるのですが (笑)、意外に (失礼) 素敵に年をとられたなあ、と思う人です。そして、最近の若い人にはめずらしく、着物の似合う人でもあると思います。ハーフなのにね。

マイケル・ジャクソンの『スリラー』の振り付けもずいぶんコピーしたという野村萬斎にもビックリ~。
小さい頃からきちんと基礎をやってきて、そんでもって新しい事をやると言うのは実に強いよなあ…と思いつつ読みました。
どの世界でもメトロノームな奴はダメだなと思った。のセリフには、にゃーるほど !

中でも、いちばんびっくらこいたのが日野原重明さん。
90代でこの頭の柔らかさにはめちゃビックリ。あるべき医療を次の世代にもきちんと伝えてらっしゃるのは、実に頼もしく有り難い事です。日本の医療がどれだけ遅れているか、是非是非多くの方に読んでいただきたいです ! !

次回につづきます。

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マルキ・ド・サド『閨房哲学』その3 2006.2.18

もしサドの書物が本当に禁じられて、そのなかの1冊を救い出す権限が私にあたえられたとしたら、私が躊躇することなく選ぶのは『閨房哲学』であろう。と、マンディアルグは書いています。
さらにマンディアルグのボマルツォの怪物に入っている『ジュリエット』より引用。

その理由はまず第一に、この作品が堂々と、かつ好ましく書かれているように見えるからで、私がすべての小説にではないが、或る種の文章に捧げたくなる讃辞がこれなのである。

また、ウージェニーのジュリエットに対する関係は、あたかも一つの薔薇の、同じ薔薇の樹にやや遅れて花開こうとしている薔薇に対する関係のごとくであろう。( 同じく『ジュリエット』より) とは、実に上手く彼女達を言い表わしていると思います。
(ジュリエットについては、ココの『悪徳の栄え』の所を是非御覧くださいませ)

悪徳の栄え([正])
ジュリエット物語又は悪徳の栄え
悪徳の栄え(上)
悪徳の栄え(下)

サド文学は、正義感の強い方、まぢで頭来ちゃうような方にはお薦めできにゃいかも。
遊び心を持ち、強引な詭弁も楽しめるような方にはお薦めできるかもしれません。
エロスを求めるのなら、バタイユとかの方がいいかもしんない。

眼球譚 O嬢の物語 毛皮を着たヴィーナス新装版

ボマルツォの怪物
ボマルツォの怪物



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マルキ・ド・サド『閨房哲学』その2 2006.2.16

まず『道楽者へ』と題された序文がやたらとカッコイイ。
そして、詭弁の中にもキラリと光るい目というのがサド文学の特徴の1つであると思うのですが、おお、ほんまや ! と思った1文を。

この地球が遭遇した数々の大きな不幸のあとで、人類は近親相姦による以外に、どうして子孫をふやすことができたかね。その実例や、はっきりした証拠までが、キリスト教徒の崇拝する書物のなかに、ちゃんと書いてあるじゃないか。アダムやノアの家族が、はたしてそれ以外の方法で、存続することができただろうか。

徹底的に神の存在を否定しているのに、都合のいい時だけこうやって聖書から取り出してきちゃう所はやはりとんでもない詭弁家でありますが。(^^;)

次のがこりゃまた真実。ただし最初の視点はって事ですが。(笑)
サドったら、どうやっても悪の正当化に結びつけちゃうんだから。

残酷は自然のものであって、僕たちはすべて、残酷の一定量をもって生まれてきたのであり、これを修正するのは教育のみである。しかし教育は自然のものではなく、栽培が樹木を害するように、自然の神聖な効果を害するものだ。果樹園のなかで、自然の管理にゆだねられた樹木と、人為的に手を加えられ、強制的にねじ曲げられた樹木とを比較してみるがよい。どちらがより美しく、どちらがより立派な果実を生ずるかは一目瞭然であろう。

ジュネにかかれば盗みは美学になるわけですが (ココまたはこちらから飛んでくださいませ )、サドはあくまでも強引に、これまでをも正当化するのであります。

 盗みは、われわれの吟味しようとしている第二の道徳的犯罪である。
 古代史に一わたり目を通すならば、われわれはギリシアのすべての共和国において、盗みが許可され奨励されていたことを知るであろう。スパルタおよびラケダイモーンは公然と盗みを援助していた。また別の国民は、これを兵士の美徳の一つと見なしていた。盗みが勇気や力や器用さや、一言にしていえば、共和国政府すなわちわが国に有用なあらゆる美徳を培うものであることは、これをもってしても明らかである。ここにおいて、余は偏見を去って敢えて問う、いったい富を平等化するはたらきをもつ盗みは、平等を目的とする国家においても、やはり大きな害悪であろうか? 言うまでもなく、否である。なぜかと言うにそれは、一方においては平等を維持することになり、また他方においては、各自にその財産を厳重に守らせることになるからである。かつてある国民は、各自にその所有物を大切にすることを教えるために、盗んだ者をでなく、盗まれた者を罰したということである。これこそ、われわれをより深い反省に誘うものである。


次回、最終回です。



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マルキ・ド・サド『閨房哲学』その1 2006.2.15

サドの悪の哲学は、全くもってくどくてかったりい部分なのですが、この本のタイトルが『閨房哲学』ときちゃあ、こりゃ、そのくどくどしい詭弁オンパレードなのではあるまいか、と少し警戒しつつ読んでみたら、意外に楽しく読んじゃいました。
対話形式で書かれていて、サン・タンジュ夫人やドルマンセが、ウージェニイを立派な悪女へと教育するとゆー話です。
訳者の澁澤龍彦が「あとがき」で書いている通りの小説です。以下引用。

 さて、この『閨房哲学』は、サドの他の著作たとえば『新ジュスチイヌ』や『ジュリエット』のように、一種の恐怖にまで高まる強烈なエロティシズムの効果を全篇にわたって発揮しているものとは言いがたいが、その形式が対話体であるだけに、サドの反社会性の哲学が却って最も攻撃的、論戦的な形で露呈されている稀有な著作と言うことができる。つまり、空想的な残酷の場面が少ない代りに、抽象的な思想のエキスを読者はたっぷり吸収することができるというわけである。

しかしやはり『悪徳の栄え』のように実践の部分が多くあった方が断然楽しいに違いない訳でして、実に残念な事には、同じく澁澤氏の「あとがき」によれば、

 もっとも、この『閨房哲学』全七章のうちに、残酷淫靡な場面やエロティックな会話が必らずしもないというわけではない。それどころか、ドルマンセの講議の隙には、例によって登場人物入り乱れての淫行が何度となく展開されるのであるが、本訳文では、そういう部分は、残念ながら割愛せざるを得なかった。

・・・という事だそうです。
って訳で、次回につづきます。3回シリーズになっちゃいました~。

閨房哲学

それにしてもプーさんの次がサドって私はいったい・・・・・・プーさん、ごめんよ~。




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A.A.ミルン『くまのプーさん』『プー横丁にたった家』 2006.2.14

今さらな感じですが、前から欲しいと思ってたのだけど、どーにも見当たらなかったのです。アリスとかムーミンは良く見かけるけど、プーさんって見なくないですか?
ディズニー関連はいろいろあるけど、やはりモノホンのプーさんはほんっっとにイイ !
アーネスト・H・シェパードの絵がすんごい良いですよね~。(ミルンが描いてるのだと勘違いしてたのですが…(大汗))
んで楽天ブックスにも以前はなかったので (今あるみたい)、ア●ゾンでCD買ったついでに『くまのプーさん』と続編の『プー横丁にたった家』を購入しました。
これは買って良かったよ~。大切~な本になりそうです。
ほんっっっとに素朴でかわい~♥
プーさんは勿論、コブタ、イーヨー、トラー、カンガとルーなどなど、とぼけた感じが実に可笑しくて可愛いです。
ウサギの家でいろいろご馳走になってたら、太ってしまって穴から出られなくなっちゃったプーさん。その後ろ足をタオルかけに使うウサギ、痩せるまで本を読んであげると言うクリストファー・ロビンに爆笑です。
「イーヨーがお誕生日にお祝いをふたつもらうお話」もえがったのう。
それと、プーさんが詩人 (詩熊?) とゆーのはご存じでしょうか?
まさにプーさんの才能を表すセリフを2つほど。

「だから、ぼく、出てくるのにまかしといたんだ。詩をつくるのにはね、それがいちばんいい方法なんだ、出てくるのにまかせるってのがね。」

「歌は、ときどき、むこうからぼくのほうへやってくるんだよ。」


この童話は、作者のA.A.ミルンが息子にお話をつくって聞かせるようになり、子供部屋につぎつぎに集まってくる、ぬいぐるみのおもちゃが、そのお話の中で活躍しはじめたのだそうです。
『クマのプーさん』には、そのモノホンのプーさんやコブタなどの写真が載っています。

とても暖かい空気の流れている本でした。疲れた大人が読むのにお薦めです !

プーさんは、この2冊で完結ですので、是非2冊一緒に !
クマのプーさん新版 プー横丁にたった家新版

それにしても『城の中で語る英吉利人』の次がプーさんって私はいったい・・・・・・プーさん、ごめんよ~。

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ピエール・モリオン『城の中で語る英吉利人』その2 2006.2.13

*とりあえずR指定で。

語り手所有の懐中時計がおもろいです。

この時計は、側の内部に十二人の機械仕掛の小学生がひかえていて、故障していなければ、時を報じるごとに、順ぐりにズボンをずり下ろして、一人の教師の前に現われ、そして教師のほうは文学盤の時刻に相当する数だけ生徒たちのオカマを掘るという仕組みになっていたからだ。

教師と小学生っつー所が、ちと笑えないか・・・。もう1コ、ちょっと笑えたやつを。

「お友達のバルタザールさんをお連れしたわ。この人ったら、あなたよりずっと感じやすくて、すぐに勃起しちゃうのよ。おまけに精液ときたら菫みたいな味がして、あたし鱒のサラダを思い出しちゃった」

原註にびっくらこいた箇所を。ちなみに拳銃を握ったようだと言ってるのは、氷で出来たち●ぽです。

私は毛織物の手袋をはめ、男根の睾丸の部分をつかんで持ち上げ、重さを量ってみた。カービン銃と同じぐらい的確に亜米利加鰐の片眼に弾丸を撃ち込むことができるという、例のでっかいコルト・フロンティア式拳銃を手に握ったような感じだった。ヴィオラが恥知らずな目的で (推測するに) 靴下の中に忍ばせていた小さな巻尺を私に貸してくれたので、もう一度冷たい場所へ戻す前に私はこの武器の寸法を測定してみた。長さ三十九センチ、胴回りは茎の中央部で二十四センチ、亀頭のいちばん太い個所では二十五センチあり、まさしく恐るべき口径を備えていた*。---後略---

※原註 自然はこれよりもさらに見事なものを産み出しており、ストラスブルク大学の病理解剖学博物館には、ナポレオン麾下の連体鼓手長の飾り物だった、長さ四十二センチの陽物を見ることができる。


42センチですぜ、あーた。( 驚愕 ! )

ボマルツォの怪物には、抄訳で澁澤訳が載っています。


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ピエール・モリオン『城の中で語る英吉利人』その1 2006.2.12

作者は「ピエール・モリオン」となってますが、その正体はマンディアルグです。
ココで書きましたが、生田耕作が絶賛している小説です。
なので、期待しつつ読んだのですが・・・・・・もうなんつーか、サドの『悪徳の栄え』を最近読んだ後コレ読んでも、新鮮味も何もにゃい !
200年以上前に書かれたあっちの方が、はるかにおもしろくてスゴイのだから。
それに、マンディアルグは私と相性が合わないのか、どうも頭がどっか行っちゃいがちでした。いつの間にか目で追ってる状態になってしまうのです。
そんな中、最後の1行には、ハッとさせられました。
『オートバイ』でもそうでしたが、ドキッとする程美しい言葉に出会うという魅力があるのかもしれません。それまでが退屈だとしても。

もしサドを読んでいないとしたら楽しめるのかと言うと、これまたびみょ~な所であります。
既にサド等に興味を持っている人でないと、嫌悪感を催す可能性が高いかも。
アマゾンのレビューを見てみたら、やはり評判はあまり良くなく、二番煎じ的批判と言うよりは、嫌悪感が強い的な意見が多いです。
ちなみに、アマゾンのレビューの一番下、最後の1行のネタバレされてます。これは言っちゃいかんだろ、と思うのですが…。
(って書いたら・・・帯で既に思いきりネタバレしてんのね。こーゆー事多いよなあ。出版社はもうちっと、これから初めて読む人の身になって考えてほしいぞよ。)

『悪徳の栄え』よりは落ちるとしても、笑える箇所などありましたので、次回サラッと引用して終わりたいと思います。

ボマルツォの怪物には、抄訳で澁澤訳が載っています。

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マンディアルグ『オートバイ』 2006.2.11

生田耕作の『黒い文学館』を読み、早速図書館で借りて読んだのが、このマンディアルグの『オートバイ』です。( 詳しくはこちらを。)

最初の数10ページは、もう退屈でしようがなかったんですが、後半に入ると、その何とも妖しく美しいエロティシズムにハッとさせられました。
パンティー一枚を除けば素っ裸の上にレーサー服を着てハーレーダヴィッドソンで走る女性っつーだけでも、実に色っぽいです。そして、隣で寝ている夫を残して愛人の元へ行くのです。
この愛人が、なんつーとんでもない男…と思うのですが、そして、この愛人に惹かれながらも、愛してもいない別の人と結婚したのもいまいち分らないのですが…(^^;)、この男から彼女はバイクを教わります。
アメリカでは免許を取りに行くのに車を運転して行く、なんて事を聞いた事がありますが…以下引用。

ある晩、モーテルからの帰りみち、ダニエルは彼女に向かってこう言ったのだ。彼女の運転はもう彼に引けをとらない、そろそろ免許をとっていい頃だと。

運転の途中で、平気で飲酒したりしてるし・・・・・・。しかも、もしかして未成年じゃなかったけか?
桜桃酒 (キルシュ) というお酒を飲むのですが、コレがどんな代物だか気になる所です。素敵な名前のお酒だなあ、と。

ちと、いちばんいい場面のネタバレになりますが、尤も『黒い文学館』でも、ちとネタバレされていた箇所です。
確か、この『オートバイ』は、意外に女性に人気があり、おそらく、この主人公のレベッカになりたいのだろう、とか書いてあったように記憶してます。
実に美しいエロスにハッとさせられた場面です。
以下ネタバレになる引用

 やがて、ダニエルはテーブルの上から薔薇の花を取り上げると、それをレベッカの足もとに、いや、もっと正確に言えば太褪のわかれめの前方、両足のあいだに並べた。それを一つの束に束ねて握ると、つぎに彼はその束を使って愛人の裸体を折檻しだすのだった、太腿の皮膚を、さらに脇腹や、乳房の下や、すんなりした腹の皮膚を、刺で、いくらか引き裂きながら。ティローズの花びらが憩いの床の上に降りそそぎ、いっぽう殴打は、それとも愛撫は、さらにくだって足先までも引っかきむしるのだった。

もうひとつ、美しくエロティックな表現を。

Deleatur……夫の抹殺をラテン語で考えたことを教育者のダニエルはほめてくれるだろう、そしてご褒美の代わりに、腰を高く持ち上げ、彼女を逆さに吊るしてくれるだろう、ちょうど蜜蜂の獲物に捧げられた美しい藤の花みたいに。

そして、エロスというのは、支配される喜びでもあるのだろうか、と、これを読んで思いました。

 
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マルキ・ド・サド『悲惨物語』その2 2006.2.9

何度か書いてますが、すんごい詭弁の中に鋭く光るサド哲学。
「幸福」っつーものは、にゃるほどこーゆーものだよなあ…と、ちと (半分ね) 納得な箇所を引用。長いっす。

 「なるほど、しかしですな、ふかい研究と熟慮反省の結果、何ものにも悪のひそむ余地を認めず、すべての人間の行動を自若とした無関心をもってながめるに至ったひとが、人間の行動はすべて、よかれあしかれ、つねに圧倒的なある力の必然的な結果であって、われわれが善と見なすものも悪と見なすものも、要するにその力がわれわれ人間の心にこもごも吹き込むもので、それを乱したり狂わせたりすることはけっしてできないのだと、さように料簡していたとするならば----よろしいですか、もしさような料簡のひとがいたならばです----その人物は、あなたも認められるように、たとえ私と同じように行動していたとしても、あなたがあなたの送っておられる人生で幸福を感じるのと同じように、やはり幸福であり得るだろうと申さざるを得ません。なぜかというに幸福とはひとつの理想であって、想像力の産物だからです。それは感動の一形式であって、人間の見方感じ方にのみ関係するものです。必要の満足ということを別にすれば、すべての人間をひとしく幸福にするものなどはひとつもありません。他人にはこの上なく不快なものが、あるひとを幸福にするという例は、われわれが毎日のように見聞しているところです。これを要するに、確固たる幸福などというものはどこにもなく、われわれにとっての幸福は、ただわれわれの器官や道徳原理にもとづいて、われわれがわれわれ自身のうちに形成するもの以外にはあり得ないというのです」

長いよっ ! (←スケバン恐子の客のツッコミ風に)
幸福なんてものはどこにもないって意見に賛成ではないけど、同じ境遇でも人によって幸福だったり不幸だったりしますからね。
幸福とゆーものは、逆境に陥ってみてはじめてわかるものでもあるかもしれないと思います。病気になって初めてわかる健康の有り難み、みたいな。毎日すんごいいっぱい幸せは転がってるのに、気付かないんですよね。


悲惨物語

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マルキ・ド・サド『悲惨物語』その1 2006.2.8

美輪明宏の『人生ノート』の感想で、この人はなんて男と女を適格に言い当てているのだろうと書きましたが、200年以上も前のサドの目も流石です。なかなかうまく言い当ててると思うのです。以下引用。

 「猫かぶりで、嫉妬ぶかくて、横柄で、手練主管にたけていて、気違いじみた信心家、これが女です。陰険で、浮気で、残酷で横暴、これが亭主です。要するに地上の人間というのは、みんなそんなものです、奥さん、無いものねだりはやめましょう」
 「それでも結婚しないひとはありませんわ」
 「そのとおり、つまり馬鹿者か、のらくら者が結婚するのです。ある哲学者が言いました、『人間は自分が何をしているのかわからない時か、さもなければ、もう他にすることがない時以外はけっして結婚しない』とね」


この小説の何がおもしろいって、なにげにこれは、サドとルネ・ペラジー・サド公爵夫人、そして義母とサド公爵夫人の妹との関係とリンクする気がするのです。
小説では義妹が娘に置き換えっつー感じで。
解説には何の言及もありませんでしたが、フランヴァル夫人は、もろサド夫人だと思うんですよ。
『サド侯爵の生涯』を読んでからコレを読む事をお薦めします。
次回、この小説の中から、<幸福> についての長い引用をしたいと思います。

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サド『美徳の不幸』(再読) 2006.2.7

『悪徳の栄え』(こちらから) を読んだ後では、ちと物足りない感じもしてしまふ、『悪徳の栄え』のジュリエットの妹、ジュスティーヌの不幸話。
遥か昔に、私が最初に読んだサドがコレだったと記憶してます。
訳者の澁澤龍彦が解説でサドの思想に近づくのに最も適した、いわばサド文学入門のような本として、私はこの「原ジュスチイヌ」を若い読者に推奨したいと思う。と書いてあるように、最初に読むサドとして最適ではないか、と、私も思います。

ココでサド小説のおもしろさの1つとして、「SM拷問殺人1つ1つのアイデアが豊富な事」と書きましたが、芸術的とも言えるかもしれない箇所を1つ引用します。

で今度は衣装を脱がせて、大きなテーブルの上に腹這いに寝かせると、その頭の上に蝋燭をともし、救世主イエス・キリストの絵すがたをのせ、かくしてこの不幸な女の尻の上で、聞くだにおそろしい密儀をば執り行なうにいたったのです。

サドの小説は詭弁が多いのですが(^^;)、なかなか言えている事も書いているっつー事は『悪徳の栄え』の所でも書きましたが、そんな箇所を。

つまり他人から奉仕を受けた者は、永久に屈辱的な地位にとどまらなければならないのではないか? そして一たび受けたこの屈辱は、どんな弁償によってもけっして相手を十分に報いることができないのではないか?----一歩進めて、優越者の地位に立つことは、自尊心をくすぐる快楽なのではないか? 恩をほどこす者には、自尊心ならざる何か別のものが必要とされるべきではないか?

ジュスティーヌの最期は印象的だったので、ハッキリクッキリと覚えてましたが、へ~最後こうだったかあ、と、『悪徳の栄え』からは想像し難いジュリエットがおりました。
この『原ジュスチイヌ』(美徳の不幸) と『悪徳の栄え』の間に『新ジュスティーヌ』とゆーのがありまして、これはおそらく未読なのです。これも是非とも読まねば。

『美徳の不幸』は、角川文庫で持ってます。これに短篇『悲惨物語』も入っていて、コレが実におもしろかったです。感想は次回UP予定です。


   

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生田耕作『黒い文学館』その6 2006.2.3

◆ルイ・アラゴン◆

ルイ・アラゴンの『イレーヌ』は、最初は『イレーヌの女陰』のタイトルで1928年に、作者名も発行所も明かされずに少部数刊行され、その後25年の歳月を経て、ようやく文学作品としての真価を認められだしたのだそうです。
カミュは、本書をエロティシズムの領域における最も美しい文章として賛えているそうです。
以下引用。

このシュルレアリスムとエロティシズムの型破りな混血児は、超現実的な散文詩と直載な肉体描写とのあいだを交互に行き来して、創造力と自由の讃歌を、それにふさわしい <不埒な> 形式で、高らかに歌い上げている。--中略-- ここにあるのはまさしく躍動する生命体そのものの姿、表現そのものに他ならない。伝統的文章と自動記述、文語と口語、客観的叙述と内的独白、写実と夢想等々を一つに混じて、さらにロートレアモン、ランボー、ブルトン、スタンダール、バンジャマン・コンスタンのパロディにまで及ぶという、この言葉の奔流は他の言葉に、ましてや外国語に置き代えることは至難の技である。
 いずれにせよ、『イレーヌの女陰』がエロティシズム文学の一つの頂点に位置する事実は動かない。


く~~ッ、翻訳されてないんすか。にゃんとも残念極まりないっすね。ジョイスもひじょーに読みにくいものの、どうにか翻訳されてるのですから、何とかならないものでしょうか。

・・・・・・と思ってたら、出てるじゃああーりませんか。生田耕作で検索してたら見つけてしまいました~(嬉!)

イレーヌ (白水Uブックス)
イレーヌ (1983年)

◆レオノール・フィニー◆

去年Bunkamuraで開催された展覧会に行きそびれたのを、ひじょーに後悔しているレオノール・フィニ。
マンディアルグ夫妻は彼女の別荘の常連滞在客だったそうです。
本書p.197に出ている仮面が実に良いです。
ポーリーヌ・レアージュ (ジャン・ポーラン) の『O嬢の物語』に登場する梟の仮面は、レオノール・フィニが実際につくった仮面だそうで、作者が画家の家でそれを見たのだそうです。
そして、その同じ仮面がマンディアルグの短篇『生首』 (『狼の太陽』所収 ) のヒロインにもかぶせられているのだとか。
以下は、マンディアルグの或る雑誌のインタビューでの発言を引用。

レオノール・フィニーは日常生活でも仮面をつけていました。鳥とか猫とか奇妙な鳥類のね。そうすることで彼女は (つまり怪物的に変身することで) 日常生活と袂を分かっていたのです。

その他、エリファス・レヴィ、バタイユ、ジュネ、ボナール、ロップス、金子國義、等等、紹介しきれない言及・エピソードが満載です。是非こちらから。↓


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生田耕作『黒い文学館』その5 2006.2.2

◆マンディアルグ◆

今まで知らなかった作家も登場したのですが、中でもマンディアルグに関しては、かなりページを割いています。思い入れの強さが感じられます。
これを読んでから、早速図書館で『オートバイ』を借りて読みました。
この小説と、映画の『大脱走』から、パリではバイクに乗るのが流行ったそうです。
しかし……美輪明宏も書いてましたが、フランスのアメリカナイズド化には、悲しい気持ちになってしまいます。この前もテレビでパリの暴動事件がとりあげられ、ラップ音楽を奏でる若者が映ってましたが……絶対フランス語に合わないっしょ !
この『オートバイ』で乗っているのは、ハーレーダヴィッドソン。
革のレーサー服に身をつつんだ女性がこれを乗りこなすのは、そりゃカッコイイっすけど、昔のフランス映画に出てくる、ヨーロッパのバイクに2人乗りっつー図がパリには似合うと思います。
……と話が横道にそれてしまいました。
そのマンディアルグが別名で出したのが、『城の中で語る英吉利人』と言うエロ小説。
以下引用。

『一万一千鞭打譚』、『イレーヌ』、『眼球譚』、『オー嬢の物語』、『ロベルトは、今宵』、そして『聖餐城』につづく、この『閉ざされた城の中で語る英吉利人』の完訳をもって、あとはわずかにピエール・ルイス作『母親の三人娘』一篇を残すのみで、二十世紀エロティック文学の金字塔は、ほぼすべてわが国にも紹介しつくされたわけである。

こりゃ読むしかねーな、と思って、図書館で借りて、今読んでいる所です。(1/22現在)

また長くなってもーたので、次回最終回につづきます。

オートバイ
閉ざされた城の中で語る英吉利人

『オートバイ』は、『あの胸にもういちど』という邦題で、アラン・ドロン、マリアンヌ・フェイスフル主演で映画化されています。こりゃ観たいぞよ。

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生田耕作『黒い文学館』その4 2006.2.1

生田耕作がとりあげているのですから、そりゃあもう興味深い人ばかりです。
引用がんがんいっちゃいます。茶文字の所、全部引用なので。

◆サド◆

 サドが最初官憲といざこざを惹き起こしたのは、作家としてではなく、生活人としてであったこと、これこそは彼の文学の性格を把握する上で見逃してはならない重要な鍵の一つである。悔い改めることを知らぬこの <はみ出し者> を、法律と強権の名のもとに罰しつづけ、そうすることによって彼を作家となるべく余儀なくさせ、良俗にとって最も有害な著作を次々と産み出させたのは、まさしく社会そのものに他ならなかったともいえるのである。

サドについてはこちらを是非。(*R指定あり(笑))

◆セリーヌ◆

セリーヌは革命家ではない、また革命家たらんとする気持もない。彼は社会を改造しようとは心掛けない、そんなものは彼の目にはまったくの幻想である。彼はただ自分をおびやかし迫害する一切のものにまつわる権威を剥ぎ取りたいと願うだけだ。人生を前にして覚える恐怖の自覚を軽減するために、この貧民窟の医師は新しい文体的手法に頼らねばならなかった。そこで彼は革命家として現われた……。セリーヌの力強さは、一切の綱領をかなぐり捨て、一切の慣例を踏みにじり、さらに人生の衣を剥ぎ取るだけではあきたらず、その生皮までも剥ぎ取るところにある……自分自身にたいしても情容赦なく、鏡に映じる己れの姿に嫌悪をおぼえ、鏡をたたき割って己れの手を引き裂くモラリストとでもたとえようか>。(トロツキー「小説家と政治家」)

『夜の果ての旅』の感想UPしてます。

◆シャガール◆

解釈を試みるとき、<知> の言葉で語るとき、われわれはその分だけシャガールの絵と心から遠ざかるのではあるまいか? 「黄色の道化師」は、一九五九年の制作というから、シャガールは七十二歳である。だが老人ではない、少年である。大人が子供のためにこしらえ上げた、今流行のわけ知り顔な童画・童話のたぐいではない。童心が描いた童心画である。童心画を語るには童心の言葉をもってしなければならない。

次回につづきます。

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Author:吉乃黄櫻
ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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