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『フリッカー、あるいは映画の魔』その9 2007.9.29

◆アブラクサス◆

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」

以上は、ヘルマン・ヘッセの小説『デミアン』より引用です。
ちなみに、私のハンドルネームは、この小説からとっています。こちらに青字で引用しています。



以下は、重要な登場人物であるローゼンツヴァイクが持っていた本より引用です。

 世界最古の異端である呪われた二元論の本質、ならびにニケア会議以降に記録されたアブラクサス教徒たちのいまわしい教義をここで明らかにし、あわせて肉と霊魂の救済を宣言されたわれらがイエス・キリストのあなどりがたき仇敵、カタール派として知られるサタンの改宗者どもがローマ法王庁で暗躍をほしいままにせし秘められた史実をはじめて世に問うて、八世紀におよぶ虚偽と欺瞞と混乱の実相をのべるものなり。追補として、残像と称するあやかしの現象がもたらす邪悪な陰謀と人倫にもとる悪習にたいする三位一体の不屈たる戦いを後世に伝える。長い苦難にあえぐイエスの僕たるイエズス会師K・H・Rが神の偉大な栄光のために、これを記す。

おお、やっぱしだ~~!と心の中で叫びつつ・・・しかしかな~~りヤヴァイ宗教のように描かれています。
私ヘッセの『デミアン』からハンドルネームをとっているのに、この宗教であるグノーシス派 (この本では「カタリ派」) については一冊も読んでないもので(^^;)、この鳥の神の正体をはっきりと知りたくてワクワクしつつ読み進みました。
お次はマックス・キャッスルが居たという孤児院への訪問を果たした主人公が、そこで観た光景です。

 大壁画の中央下方には三名の髯をたくわえた老人がひざまずき、天をあおいで祈りを捧げている。そのはるか上空で後光につつまれた黒い鳥が老人たちを守護するかのように大きな翼をひろげ、鳥の胸元から発した一条の光線が彼らの額を射ぬいていた。鳥と老人たちのあいだには、ひとつの女人像が中空に浮かんでいる。隠すべき肉体の部位は薄くヴェールでつつまれているが、その姿は宗教画にあるまじき臆面もない官能を発散していた。女は血まみれの心臓を刺しつらぬいた剣を右手に持ち、黒い鳥めがけて高く振りかざしている。

そしてそして、教団の主席理事だというドクター・ビクスのセリフですっっ!

「焚刑をまぬがれた者、そして炎にあぶられても生き残った者が額に焼きごてによって生涯の烙印を押されました。そのほとんどが子どもたちです。彼らは兄弟殺しであるカインの印を焼きつけられ、追放され、迫害する国々をさまよい歩いた。この子らはいずれも飢え死にし、罵声をあびせる村人たちになぶり殺される運命にあった……」

『デミアン』からの影響だろうか、と思いつつ、次は主人公が就職していたUCLAの中世史学者であるフォースタス・カースタッドとゆー人です。

 彼が手渡してくれた資料はけばけばしい表紙の、薄いパルプ紙の出版物だった。タイトルは「アブラクサスの受難。苦闘する僕たちによるその歴史と教義の解説」とあり、裏表紙には「カリフォルニア、ハーモサ・ビーチ、アルビジョア派同胞教会」とアドレスが記されていた。

カタリ派については本を読んでみたいです。フェルナン・ニールの『異端カタリ派』という本が紹介されてました。
*↑買いました。

字数制限にひっかからなければ、次回で終わりです。

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その8 2007.9.28


岩波文庫闇の奥

◆『闇の奥』◆

以下は、キャッスルのボツになった映画『闇の奥』のために撮影されたショットです。

……人間の首が並んだ柵ならおぼえがある。そう、ジョゼフ・コンラッドが鮮やかに描写していた。「真っ黒に干からび、瞼は閉じたままで、肉はすっかり落ちつくした首が木柵の上にかけられていた……理解を絶した象徴のつらなり……」と彼は書いている。その柵は、白人のもっとも高度な西欧文明を体現するミスター・クルツが原始の荒廃に身を沈める、あの前哨の交易所をとりまく深いジャングルのなかにある。

これはあの『地獄の黙示録』ではないでしょうか。(こちらに感想UPしてます。<映画の見方> がわかる本でも、とりあげられています。)

キャッスルの『闇の奥』で呪術的なシーンを、おそらく催眠状態にさせられながら演じた美人女優オルガ・テルとの会話です。

「相手役はだれです?」
「黒人よ、名前はダンデ・ウィルソン。ほんとは役者じゃなくて、どこかのクラブのダンサーだった。美しい肉体で、そりゃ逞しかったわ。マックスは彼にバードの扮装をさせたの」
「鳥?」
「たぶん異端の宗教が信じる神様のようなものだと思うわ。大きな翼をつけて、鷹か鷲みたいな仮面をかぶると、ひどく獰猛な感じでこわかった。原作にあるとおりだそうだけど、これは口にするのもはばかられる儀式だとマックスはいったわ。生け贄の儀式をわたしたちは真剣に演じ、感じるべきだというの」


「鳥」でピンと来ましたが、私のハンドルネームと深い関係のある神が出てきます。
その話は次回。(長い長い・・・)

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その7 2007.9.26

◆マックス・キャッスル◆

この小説の中心に、マックス・キャッスルという映画監督が存在するのですが、架空の人物なのに、とてもそうは思えない凄さがありました。
オーソン・ウェルズやジョン・ヒューストンなど、実在の人物とからませて、ずらっと作品紹介までしていたり、リアルすぎっっ!!
解説より引用しますと・・・

謎に満ちたマックス・キャッスル監督 ―― 彼は、その才能の絶頂期の一九四〇年代に消えてしまった、サイレント映画とフィルム・ノワールの、ほとんど忘れられた天才だった。

という訳でして、仕掛けの天才と言っていいと思います。想像を絶するとんでもなく細かく奇妙な仕掛けと不気味さ!
そんなマックス・キャッスルが記者の質問に答える以下のセリフがおもしろいです。

「映画がなぜ魔法のようにわれわれをとりこにするのか、考えたことがあるかね? 俳優やスターたちの華やかな魅力は? いやいや、もっと別のものがある。映画は光の子どもたちなのだ」

次のセリフも好きです。

芸術家はだれしも異端なのだよ。芸術家は世界のすべてをメタファーに転化し、それと遊びたわむれるのをよしとする。

マックス・キャッスルの映画のラストシーンを、ごく平凡なシーンに置き換えられたり、フィルムを切り刻まれたり、という所を読み、頭の固い映画界のおエライさんたちにより、どれほどの名シーンが闇に葬られ、私たちの楽しみを奪われているか、はかり知れないと思いました。

終盤のフレッド・アステアのくだりなどは、「雨に唄えば」を歌いながら暴行する『時計じかけのオレンジ』のアレックスを連想しました。



有名映画の切り貼りでつくったキャッスルの作品『ジ・エンド』のなんと見事な美しさ!!

マックス・キャッスルに関して、とんでもなく詳しいサイトを見つけました。
すんません、勝手に拝借しますが・・・こちら。これを読めば楽しさ倍増間違いナシです。

主人公ジョニーが、マックス・キャッスル作品を観たり調べたりしているうちに、妖しい暗黒の世界に突入していきます。次回へつづきます。

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その6 2007.9.25

◆詩◆

詩がいくつか引用されていたのですが、それがどれもちょーーかっこいかったんです。
以下は、後半に登場する若くてヤヴァイ映画監督の事を言っているのですが・・・

  いかなる荒々しき野獣が、最後にめぐりくる刻を待ちつつ、
  ベツレヘムに向かって生まれいでんと身をひそめしか?


マックス・キャッスルの未完の映画「闇の奥」の中での台本にあった詩です。

  われは千年生きたるよりもさらに数多くの思い出を持てり
  われは月にいみ嫌われし墓地なり
  ここには蛆虫どもが悔恨のごとくに這いまわりて
  わが愛する人のなきがらにとりつきてくらう

  おお、流浪の王子よ、かくも久しき苦難に耐え忍んできたりしか


おつぎも蛆虫。ポーの詩が引用されてます。

  消える……灯火はひとつ残らず消えはてて!
   震えおののくいずれの形骸の上にも
  舞台のカーテンは葬いの張となって
   一陣の疾風とともに降りきたる
  かくて蒼白い顔の力なき天使たちが
   立ちあがり、ヴェールをとって宣言する
  この芝居は「人類」と題する悲劇にして
   勝ち誇りたる蛆虫こそが主人公なりと。


って訳で、次回からいよいよ本題に・・・という感じっす。(長い長い)

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その5 2007.9.21

クレアがシャーキーにゆずったクラシック座は、こんな事になっていました。
映写技師のシャーキーってのが、なかなかおもしろいキャラでした。

映画は『プラン・ナイン・フロム・アウタースペース』という極めつきの駄作だった。これはたまたまベラ・ルゴシの最後の挨拶で、彼はこの作品の撮影中に死亡した。ベラの生涯に関心のある者にとって、それは若干の歴史的価値をこの映画にあたえたが、シャーキーが上映したのはそのためではなかった。彼はこれに「史上最低! 世界最悪!」という、だれも真似しそうもない売り文句をつけた。たしかに映画の出来はホーム・ムーヴィー以下の水準で、ストーリーはいうも愚かな即興だし、演出も低能レベルのしろものだったが、クラシック座では年に数回は定期的に上映され、きまって大入りの盛況だった。

この物凄い駄作をつくった監督エド・ウッドの本も先日読みまして、感想こちらにUPしてます。
そして、ニュー・アメリカン・シネマの言及も!『<映画の見方>がわかる本』の感想を是非読んでいただきたいです。

 ニュー・アメリカン・シネマにたいし、ぼくはクレアの評価をすべて継承していたが、彼女のように徹底して無視したりはしなかった。堪えがたいまでにアマチュア的な成果が肥大して盛りをすぎてゆくのを冷静に見守ることができた。ぼくはほとんどの作品につきあい、それらを繰りかえし観た。暴走族の乱交や輪姦を撮った作品も見に行ったし、ニューヨークの無名詩人が六時間こんこんと眠りつづけるシーンもいちおう観た。滑稽なでぶの服装倒錯者が仔犬の糞を食うのも目撃した。

勝手に太字にしましたが、出たー!ピンク・フラミンゴ!!



まだまだ続きます。(長い~)

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その4 2007.9.20

◆クラカウアー◆

以下の、ドイツ映画とヒトラー政権を結びつける文には、にゃるほど~~でした。

 クラカウアーがすぐれているのは、ヒトラー時代のドイツが映画によって狂気に駆りたてられたという着想にある。第一次大戦後、敗北で茫然自失したあの国には、深く傷ついた精神の空白に影響をおよぼす映画が無数のウイルスよろしく満ちあふれていた。すべては狂気と殺人を描いて、正常と異常の境界を理路整然と拭い去った『カリガリ博士』にはじまる。純粋芸術として世界的に絶賛されたこの映画は、食屍鬼や黒魔術師、吸血鬼などが登場する精神病理的なレパートリーとともに、ドイツの無意識に深く浸透していった。この時代のドイツ映画はなによりも催眠術に憑かれていた。無力な人びとを催眠にかけて、いまわしい行為に駆りたてる狂った医師や犯罪組織のボスが跳梁をほしいままにする物語が執拗に繰りかえしスクリーンに映しだされた。クラカウアー教授はこれをナチズムの明らかな予兆だと分析した。この種の映画が倒錯した権力のイメージで国家の魂を腐敗させ、やがては邪悪な催眠術師カリガリのように一般大衆を呪縛して、ゾンビそこのけの殺人軍隊に変えてしまうあの総統があらわれたのだった。

この人は実在の人のようです。『カリガリからヒトラーへ』という本が紹介されてました。



 

◆ソドムの市◆

クレアとエディ・アンジェロッティの会話が大変おもしろかったです。

エディは『ソドムの市』を「まぎれもない反ファシスト宣言』だとみなし、クレアはその意見に激しく噛みついていた。「それはちがう。ファシストたちはきっと喝采するはずよ。あの作品はファシズムへの公然たる屈服、残虐の美学にほかならないわ。しかもカール・オーフの音楽なんて。『ソドムの市』はブーヒェンヴァルト強制収容所の将校クラブでもロングラン上映されたでしょうよ」
「しかし、あの映画はあくまで……」エディが反撃した。「フォルマリズム的厳密さで計算され、すべてを客体化して突き放しているよ」
 クレアは一蹴した。「よしてよ、エディ! 野獣どもにいくらその正体を提示してみせても、やつらを打ち負かすことはできないわ。客体化なんてとんでもない。ファシストたちは自分の正体を誇りにしている。彼らはなによりも自分を愛してる。それがサディズムの臆面もない本質なの。『ソドムの市』のような映画はわれわれの内なる彼らの同類を甘やかすだけだわ。ファシズムに対抗する唯一の手段は彼らとまったく無縁なものを繰りかえし提示すること。人生の歓び、愛、無垢な心、そして『雨に歌えば』。あれこそ究極の反ファシスト映画よ」




パゾリーニいろいろ書いてます。

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その3 2007.9.18

◆クレアその2 アンディ・ウォーホル◆

ジャンクを芸術に高めたアンディ・ウォーホルの登場は、どんなにか衝撃的だったろう、と思います。以下クレアのセリフです。

「まだわからないの。世界じゅうのアンディ・アスホールとやらがいま境界線をあいまいにし、そのおかげで勲章をもらってるのよ。彼らはどんどん可能性をひろげている。キャッスルはジャンクでも、いいジャンクよ。あなたはそう信じてるんじゃなかった?」
「けつの穴の小さいあなたの教授連中だって、そろそろ目が覚めるはずよ。防壁はしだいにさがっている。あと十年もすれば、イライシャ・クック・ジュニアの出演映画に関する学術論文があらわれても不思議じゃないわ。わたしたちがなすべきことは、よいジャンクと悪いジャンクを区分けすること。なぜなら、よいジャンクとは―――この定義をはっきりさせるべきね―――頭の固い学者たちが注意を払わなかっただけの、れっきとした芸術だからよ。昔々のシェイクスピアだって、知ってるでしょ? 売春婦やポン引きといった最低な観客たちが平土間につめかけるテームズ河のほとりで仕事をしながら、よいジャンクを残した。チャップリンやキートン、グルーチョやガルボもそれとおなじよ」


◆クレアその3 『勝手にしやがれ』◆

そして、あの『勝手にしやがれ』に言及しているのですが、あの映画のジーン・セバーグを、こんな風に表現しています。

空っぽな無邪気さと甘ったれた不機嫌さを絶妙にブレンドしたあのジーン・セバーグ

当時、衝撃的なあの映画を観て、ジーン・セバーグになりたかった女性が大勢いたのかもしれない、と想像すると同時に、自分の人生でずっと範を仰いできた映画のなかのアイドルを演じてみせる、ほかならぬ彼自身がフランス映画のアイドルであるベルモンドと表現された、不良男ベルモンドと、自分を同化させた男性が大勢いたのではないでしょうか。
本当に新しいものとは、決して古くならないのだから不思議です。



◆クレアその4◆

クレアの世界を救おうとする人間にかぎって善よりも悪をなす。というセリフにもハゲしく同意!
そして、これもにゃるほど!言えてる!でした。

ほら、映画じたいが年々つまらなくなってる。今から十年後には十三歳以上の観客はいなくなり、それでも金だけはかつてないほど稼げるようになるわ。今だって映画の話といえば契約や巨額の製作費や、ハリウッドのだれが出世してだれが落ち目かといったゴシップばかり。われらの文化とやらは、もう大型金融活動の延長にすぎないわ。

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その2 2007.9.17

◆クレアことクラリッサ・スワン◆

後にクラリッサ・スワンとして有名な映画評論家になるクレアと、主人公ジョニーことジョナサン・ゲイツがおもしろいです。
エチーしながら映画のお勉強って・・・。以下引用。

あるとき、彼女のイングマール・ベルイマンにたいする深い賛嘆の念を知っていたぼくは、彼の『野いちご』を手ばなしで褒めそやした。そのとたん、クレアはあんな映画は大嫌いだと噛みついた。「なによ、めそめそ泣き言ばかり並べて。あれは更年期の自己耽溺癖にすぎないわ」その夜、ぼくはリビングの寝椅子に追放されて、ひとりわびしく寝た。それが彼女の評価方式によるF (落第) の罰だった。これに懲りて、ベルイマンがまた話題にのぼったとき、ぼくは自信たっぷり『処女の泉』をけなしたが、クレアはあの映画をとても愛し、完璧に達成された映画のお伽噺だとみなしていた。またひと晩、孤独な寝椅子に追放。

結構同感だったりします。(^^;)
ベルイマン、いろいろ書いてます。
ちと知識不足でわからんのですが (汗)、彼女はポーリン・ケール、又はスーザン・ソンタグを彷彿とさせるそうです。
すんごいカッコイイ女性だと読んでいて思いました。好きです!
『天井桟敷の人々』への作者の愛が感じられる、クレアのセリフを2つほど引用です。

「あなたは『天井桟敷の人々』の背景を知らないの? これは被占領国の飢えた映画人の手でつくられた。キャストやスタッフはみんなレジスタンスに関与し、命がけで地下運動の人たちを大勢かくまっていた。野獣の巣のなかで人生と愛と芸術を歌いあげた稀有の作品よ」

『天井桟敷の人々』のラスト近くで、ガランスがバティストへの愛を断念するくだりをおぼえてる? ほら、ナタリーが部屋に入ってきてからのすべてのシーン。台詞のひとつ、仕草のひとつまで構造的に積みあげたあの大伽藍を思わせる美しさときたら! そして、ガランスは陽気な人波に消えてゆき、長くゆるやかなトラックバックで群衆はやがて川のようになる。バティストは必死に人ごみをかきわけてガランスの姿を追うが、ままならない。胸がかきむしられるような一瞬だけど、結末はそうあるべきだとわかる。えんえん後退しつづけるキャメラがそう告げている。わかるでしょう、ジョニー。それは群衆は川であり、たえず流れゆくものだからよ。人生は束の間に空しくすぎてゆくけれど、あの美しいシーンのような一瞬がいくつもある……」

  

  

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『フリッカー、あるいは映画の魔』その1 2007.9.16

全部品切れの楽天ブックスの解説によりますと、

「サンセット大通り」と「薔薇の名前」が出会った!映画史トリビア的壮大なゴシック・ミステリー。映画という装置にひそむ身の毛もよだつ“闇”。

映画の中には魔物がいる―場末の映画館で彼の映画を観た時からジョナサンはその魔物に囚われてしまった。魔物の名はマックス・キャッスル。遺された彼の監督作品を観るにつけ説明できない何かの存在を感じるのだが…。ミステリーファンのみならず、映画ファン、文学ファンをも満足させた98年度ミステリー・ベスト1。

大学の映画科教授となったジョナサンは幻の映画監督マックス・キャッスルの謎を追いつづける。どう観てもB級としか評価できない作品の、なにがこんなに彼を惹きつけるのだろうか。その答えはフィルムの中に隠されていた!映画界の「闇」をめぐる虚実のあいだに、壮大な仕掛けをめぐらせた危険なゴシック・ミステリー。

という訳でして、映画のトリビア的知識満載の、特に技術面に関してスゴイと思ったのですが、実に実に濃~~~いマニアックすぎ!な小説でした。
いろんな要素がつまっていて、映画好きさんなら楽しめるどころか、その期待以上のものがありました。
マニアックな知識の他、それぞれのキャラの洒落たおもしろい会話に加えて、秘密結社、黒魔術といった暗黒の世界。自分としては、実にそそられるものがありました。
そして美しい表現の数々。訳もいいんでしょうね。
以下の文など。

性欲はしょせん無意識に揺り動かされる本能であり、無定形で様式もなく青春期の体液からあぶくのようにあふれだす。人間はたしかに思慮もなく発情してまぐわう単純な動物に生まれついている。だが、官能の歓びは、むきだしの本能が芸術によって昇華され、無限にたわむれる精神の状態であり……成熟した人びとのものだ。それは肉体を肉体のないシンボルにまで高めてくれる。

これもキテると思いませんか。

 十一歳を迎えると、少年はだれしもあくなき本能に駆りたてられてデーモンになる。

図書館で借りた、ちょーーブ厚いハードカバーの2段書きで読んだので結構大変でしたが、おもしろかったです!! (と言っても品切れなのが残念)
付箋貼りまくってしまったので、次回からまたまた引用地獄にご招待です。(汗)
ちと凄まじい量になりそうです・・・(汗汗)

  

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『グリンプス』その6 2007.9.14

前回の続きのような文になりますが、訳者あとがきに以下のように書かれています。

 この作品の設定でもある、当時は音楽に世界を変える力があった、という信念にしても、六〇年代を実際に生きたぼくから見ても誤りだと思えるのに、いまだに信じているものは多い。当時は音楽に力があったのではなく、音楽を愛していたぼくたちに力があったのだ。ぼくたちが力を失ってしまった原因を音楽に求めるのは誤りだ。力を失ってしまったぼくたちが聴くようになったのが、つまらない音楽だったというだけなのだ。

うーーん、これもいまいち納得がいかないです。
六〇年代の音楽が、今だに色褪せないのだから、確かに音楽に力があると思うのです。ただし、世界を変える力はないでしょう。ある人にとっては、全く力もへったくれもない音楽が自分にとっては魔力があるという事なんじゃないでしょうか。
そこら中つまらない音楽だらけになった現代、私や多くの人は、今のつまらん音楽をあえて聴こうとはしていませんので、これも間違いではないかと思います。
ただ、あの時代が、大衆が、あの音楽を生み出したとは言えると思うし、訳者が言いたかったのも、そういうことなのではないか、と思います。
以下の文は、あの時代を的確に表していると思います。この本文からの引用で、終わりにします。

 そしてやってきた一九六六年。モリスンが、いつものように一歩先んじて、LAでリザード・キングになったころ、取り残されたぼくたちは時代を変えることのむずかしさを知った。マーティン・ルーサー・キングとボビー・ケネディが銃弾に倒れ、シカゴで開かれた民主党の全国大会では、自分たちが抱いていた政治的な力への夢が、いかに虚しく無意味であるかを思い知らされた。
 そして、マンスン事件とオルタモントの悲劇によって、六〇年代の夢は終わる。ブライアン・ジョーンズが最初にこの世を去り、ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、キャンド・ヒートのブラインド・アウル・ウィルソンと続き、みんな七〇年代が終わるのを待たずに死んだ。希望と約束は灰燼に帰し、マリワナとLSDはコカインとヘロインにとって代わられた。ヘヴィ・ミュージックとアシッド・ロックは重苦しく、ふれると火傷をしそうな曲をさすようになった。





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『グリンプス』その5 2007.9.12

◆ジミヘン『FIRST RAYS OF THE NEW RISING SUN』◆

【Aポイント+メール便送料無料】ジミ・ヘンドリックス JIMI HENDRIX / FIRST RAYS OF THE NEW ...

私には、ほんっっとに大切な、自分にとって特別なアルバムが2枚あります。
1枚はこちらに書いているケイト・ブッシュの1st『THE KICK INSIDE』。


↑何故ジャケがこう度々変わるんでしょか・・・最初のがいちばん良いです。

もう1枚がジミヘンの『FIRST RAYS OF THE NEW RISING SUN』です。
この2枚は私にとっての精神安定剤です。
ちなみにこれは、生前は完成出来なかったアルバムでして、後にプロデューサー、エディ・クレイマーなどの手により、完成に至った訳です。訳注より引用。

《ファースト・レイズ・オヴ・ザ・ニュー・ライジング・サン》……FIRST RAYS OF THE NEW RISING SUN ヘンドリックスがついに完成させられなかったこのアルバムは、遺族の了承のもと、エディ・クレイマーやミッチ・ミッチェルらのプロデュースで九七年についにCD化された。

出た当時に買いましたですよ!!その時に出たレコードコレクターズのジミヘン特集もとってあります。エディ・クレイマーとジミの父親のインタビューが載っていますっ!
いやあ、これを聴いたときにはブッたまげましたぜ。ジミヘンはどれも好きですが、これ、一番良い!!と夢中になって聴きました。
ジミヘンの天才ぶりと言うのは、ギターテクニックの物凄さというのではなく、なんつーかなあ・・・1音1音が魂に響いて来るような感じでしょか。そして、ノイズをアートにしてしまう力。出たばかりの曲を即自分流にカバーしてしまう力。ギターへの、音楽への愛がダイレクトに伝わってきます。
ジミヘンのハートというのは、ギターの音だけでなく、その暖かいやさしい声にも表れていて、凹んだ時に、この声に触れたいと思うのです。
そして、サウンドも声もとってもセクシー。
ファースト・レイズ…は、本当に自分にとってやさしい、暖かいアルバムなんです。
ただ、自分にとって特別であっても、それが世界を変える力があると考えるのは、いくら何でも大袈裟でしょう。以下引用です。

 ヘンドリックスだけが例のウェスト・コーストのサイケデリック・サウンドと、ぼくの心に訴えかけるブルースやR&Bとを合体させ、ぼくにぴったりくるサウンドを作り出した唯一の人間だ。死んだとき、ヘンドリックスが目指していたのがそれで、《ファースト・レイズ・オヴ・ザ・ニュー・ライジング・サン》は、ソウルとロック、ブルーズとポップス、黒人音楽と白人音楽の新たな融合となり、何もかも誰も彼をも一つにしてくれる癒しの音楽となるはずだった。

そして、彼の「死」ですが、これも結構謎なんですよね。死因は以下の本文からの引用を読んでいただくとして・・・

 人はヘンドリックスのことをジョプリンと同じようにいう。まるで彼が腕に注射針を突き刺したまま死んだみたいに。実際には長い寝不足の日を二日続けたあとで、ちょっと睡眠薬を飲みすぎてしまっただけなのに。絶望もしていなかったし、自殺するつもりもなければ、恍惚とした気持ちになることさえ望んでいなかったのだ。ただ、少し眠りたかっただけ。診断書に書かれた実際の死因は「吐瀉物の吸入」で、ぼくの親父と同じだった。

ジミヘンの死の謎と言うのは、フツーに助かっていたんではないか?という事です。
ちとうろ覚えですが、救急車が来るのもかなり遅かったとかって話を目にした事がありますし、この本で書かれているように、横向きに寝かせれば助かったのに、とか・・・。
それともう一つ。過労死だったんではないかというのもあります。
私はワイト島のジミを観る度に、痛々しい気持ちになります。以下引用。

ワイト島のフェスティヴァルの映画を観れば、本当に嫌気がさしている男を一時間見つめることになる。だって、ショーをとおして、彼はほんの二、三度しか笑顔を見せていないんだよ。

誰もが思うのが、あの時助かっていたら、まだまだスゴイアルバムが世に出ていたはずだ、残念無念。しかし果たして、その方が良かったのでしょうか? そりゃそうに決まってるだろ、と言われるかもしれませんが・・・その運命が変わっていたとしたら・・・
短い命だからこそ、あれだけの事が出来たのかもしれない、とも思うのです。
ってか、長生きするジミって考えられないよーな気もしてしまいます。
作者も同じような気持ちを抱いているのではないか、と、読んでいて思いました。




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『グリンプス』その4 2007.9.10

◆ブライアン・ウィルソン◆

ブライアン・ウィルソンって、もしかしてマンソンとつきあいのあった人じゃなかったけ?と思ったら・・・弟の方だったのですね。

数年後、殺人犯チャーリー・マンスンも砂漠からふらりとやってきて、いまとまったく同じように、ブライアンの弟デニスに、おれを信じろというのだ。彼にいわれるまま誰とでも寝るヒッピー娘たちのハーレムをひきいてやってきたマンスンに、デニスは抵抗できなかった。

ブライアン・ウィルソンの所は、もしかして作者が特別思い入れが強かったのではないか、と思いました。ちとやりすぎじゃねーか? なんて事も思いましたが。
そして、世の中には、こんな風に生まれるはずだった名作が消えていった事が山ほどあるのではないか、と思いました。
天才が世に出る為には、また、名作を生み出すには、本人だけの力ではどうにもならない事って多くありますよね。私たちが目にし、耳にしている名作の数々は、作者の周りの多くの理解者と、その力があったからこそ、こうして触れる事が出来る訳です。
自分としちゃあ、ビーチボーイズは耳に入ってくる分には嫌ではないけど、好んで自ら聴こうとはしていなかったサウンドでしたが、今では完成している『スマイル』、ちょーー聴きたくなってしまいました。(これをUPしている頃には、既に購入しているかもしれましぇんっ)

 

ブライアン・ウィルソン/スマイル DVD〈2枚組〉

*後日談 んで、買ってしまったのですが、つまらんかったです。(^^;)




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『グリンプス』その3 2007.9.7

◆ジム・モリソン◆

偶然出来たビートルズは置いといて、まずは彼のアルバムから始まります。
彼はドラッグよりも酒に溺れてダメになっていったみたいですね。
あの虚ろな目をしたインタビューに答える姿は、果たして演技なのか、モノホンなのか?といまだに疑問に思っているのですが、そういう謎がつきまとう人です。
超能力で幻のアルバムをつくってしまうという設定は、受け入れがたい非現実的なものでありますが、そこを目をつぶって楽しめば、楽しめてしまう小説でした。
軽いネタバレですが・・・

主人公も死んだことになって、モリソンに会う場面です。

「それだけですか?」とぼくはモリスンにたずねた。「ミステリーも、死を装った芝居もなしで? 棺が最初から蓋をされていて、目撃者もいなかったのに?」

訳注より引用。

モリスンの死は場所がパリだったこともあり、死体を恋人のパメラ以外の知人が誰も確認せずに埋葬されたことから、音楽的に行き詰まっていたモリスンの狂言で、モリスンは第二の人生に向かったという噂も根強かった。

私も生きてたんじゃないかとゆー気がするのですが・・・どうでしょね。彼ならやりそうな気がします。

ちなみに「セレブレイション・オブ・ザ・リザード」は、こちら↓でライブバージョンを聴く事で出来ます。



*「ドアーズ」のバンド名の語源になった本があります。感想UPしてるので是非~
オルダス・ハクスリー『知覚の扉』The Doors of Perception




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『グリンプス』その2 2007.9.6

まずは、ストーリーとはあまり関係ないですが、共感した文なんぞを引用です。

 音楽は楽だ。歌詞で述べられていることも、あまり重要ではない。本当の意味はギターとドラムに、レコードのサウンドにあるのだから。歌詞にはまねのできないほど重要なのがフィーリングだ。ポール・ウィリアムズという男がそんなことをいっていたし、ぼくもそのとおりだと思う。

私もそのとおりだと思います。(歌詞を重要視している方からの反論がありそうですが…)

 エリザベスにサンドラという友達がいて、ぼくたちはパーティでいっしょになった。彼女はアルコール中毒者自主治療教会 (AA) の、アル中の親を持つ人たちの会に入っていた。互助による全十二段階システムというやつだ。そこでは、患者を変えようと考えるのをやめなければならないといわれる。本人が悪いのではないというわけだ。その考えから脱することができるよう、自分を変えなければならないのだ。

にゃるほど。あらゆる事に当てはまる気がします。
セリフの中に「X」というバンドが出てくるのですが・・・訳注より引用です。

……七〇年代末から八〇年代のLAを代表するバンド。元ドアーズのレイ・マンザレクがプロデュースしていたことでも知られる。ちなみにこのバンドの存在を知らずに同名を名乗っていた日本のバンドは改名を余儀なくされた。

へ~~豆知識~!それで「ジャパン」を付けたのですね。
ちなみにアメリカにXってバンドがいるって事は、なにげに知っていました。(改名前からね)
お次はアシッド。訳注より引用です。

アシッド……LSDやリゼルグ酸ジエチルアミドの略で、その酸 (アシッド) の部分もまた略称として一般的に用いられ、LSD体験にもとづくアシッド・ロックやLSDのトリップ実験のアシッド・テストなどが流行した。マリワナなどのソフト・ドラッグより強烈な幻覚をともなう幻覚剤で、ロジャー・コーマン監督による『白昼の幻想』THE TRIP や『LSD 5ドルで天国』ACID,delirio dei sensi などの映画でもとりあげられた。それまでの覚醒剤や鎮静剤、麻酔薬などのドラッグとは明確に区別され、精神拡大薬 (サイケデリックス) と呼ばれた。

<映画の見方> がわかる本にもロジャー・コーマンの映画の事が書かれていましたね!
観たいっ!!次は本文からです。

そのメロディが耳について離れず、子供のころに見た一コマ漫画が思い出された。男が処刑用の台の前にひざまずき、首切り役人にこういっている。「頭の中で同じ歌がずーっと繰り返していて、とめられないときってない?」

そりゃもうしょっちゅう。好きな歌ならまだ良いんですが、フと耳にした嫌いな歌の時には・・・(-_-)
って訳で (どーゆー訳だ?) 次回へとつづきます。



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『グリンプス』その1 2007.9.4

ちょーー化け物的知識&見識&文章力の持ち主である友人が「ロックが好きな人をわくわくさせる小説」と紹介されているのを読み、こりゃ読んでみなければと思い、図書館で借りてきました。
あらすじは面倒なので(^^;)、「訳者あとがき」より引用です。

 ストーリーはかんたんだ。人生に行き詰まった四十男が、六〇年代の挫折の数々を思い返すうち、当時さまざまなトラブルから未完に終わった幻のロック・ミュージックの完成版を作る特殊な能力に目覚め、海賊盤業者と組んで、幻のアルバムを求めて六〇年代にトリップしてゆく、という話である。ここではロック・ミュージックが世界を変えるための魔法のキーに用いられ、ロックの歴史さえ変わっていれば、主人公の人生も変わっていたはずだという、オタク人間の妄執じみた思いが語られる。

四十男と書いてあるけど、三十代後半だったと思います。
ちと訳者の主観が入ってますが、私も同感。(^^;)
ジミヘンが『ファースト・レイズ…』を完成させていれば、世界が変わったかと言えば、そんなこたあないでしょう!(実際エディー・クレイマーが後に完成させましたが、世界は変わりましぇんっ)
そういう所はあるけど、小説としておもしろかったです!
幻のアルバムとは、ドアーズの「セレブレイション・オブ・ザ・リザード」、ビーチ・ボーイズの「スマイル」、そしてジミ・ヘンドリックスの「ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン」です。

 

最初は、私なんぞは、ロックな話を目当てに読み始めた訳なので、主人公の親子関係、夫婦関係の話などは邪魔で読むのだり~な、と思ったのですが、それがジム・モリソン、ブライアン・ウィルソンにも繋がっていくあたりで、上手いな、と思いました。
エディプスコンプレックス的なものって、小説の中でクサるほどありますが、自分に関しては全く当てはまらないので、いつもピンと来ないでいるのです。元になったギリシャ悲劇は好きなんですが。(こちらに感想UPしてます)

あの時代のミュージシャン達の生活や環境が実に興味深く、最初は邪魔だと思った、主人公の心理や人間関係にも、だんだんと惹き込まれていきました。
全体的なテーマは私小説的で、どちらかと言うと嫌いな部類に入るのに、何故かおもしろく読めてしまったのは、六〇年代のパワーが作者にも乗り移っていたのでしょうか。
またまた引用を中心に、感想つづきます。

こちら↓で紹介されています。




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『高慢と偏見』その2 2007.9.3

*ネタバレあり


<高慢> と <虚栄心> がセリフの至る所に出てきましたが、メアリのセリフが、にゃるほど!でした。

人間の性質は、とかく高慢に傾きやすいんだわ。そして実際にせよ、想像だけにせよ、何かしら自分の特質に自己満足を感じない人は、ほとんどいないと思うわ。虚栄と高慢は、よく同じ意味につかわれる言葉だけど、まるで別なんだわ。虚栄がなくても、高慢な人もあるんだから。高慢は、自分自身をよく思うことだし、虚栄は、人によく思われたいってことなんだわ」

しかし、高慢って言うと、なんだか・・・と言う感じがしてしまいます。
原題通りの「プライド」と「高慢」って別物という気が私はするんですが。
お次はジェーンのセリフです。

わたしたちは、故意に人から傷つけられたというふうに、すぐに思いこみたくないものだわ。わたしたちを欺くのは、大概はわたしたち自身の虚栄心なんだもの。女は、ちょっとほめられても、すぐにそれ以上の意味にとってしまうのね」

そして、ダーシーの手紙を読み、真実を知ったエリザベスのセリフです。

わたしのお馬鹿だったのは恋のためではなくて、虚栄心のためだったんだわ。一人に好かれて喜び、もう一人に無視されて腹をたて、そもそもおつきあいのはじめから、二人に関係したことでは、自分から先入見と無知を求めて理性をおいだしていたんだわ。今の今まで、わたしは自分というものを知らなかったのだ」

なかなか哲学的とも言えるかもしれません。
至る所にピリリと皮肉が効いている所が小気味よい小説ですが、父親のベネット氏がコリンズに出した手紙が良いです!

 「拝啓、
 もう一度お祝いを述べてもらわねばなりません。エリザベスが、まもなくダーシー氏の妻になります。キャサリン令夫人を、できるだけ慰めてあげてください。しかし、もし私が君だったら、私は甥の方に味方をするでしょう。甥の方がたんまりくれますもの――草々」


この『高慢と偏見』は、1796年に執筆されたものの、本屋が出版を拒絶した為に、世に出たのはそれから17年後だそうです。
なので、出版は遅かったけど、ジェーン・オースティン21歳の時の処女作なのだそうです。
いやあ、驚きです。21歳でここまで悟っているとは!




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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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