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謎とき『カラマーゾフの兄弟』その3 2008.6.29

ドストエフスキーの何重もの仕掛けには驚くばかりでして、スメルジャコフがユダであり、又、異端の宗教である去勢派であったり、(去勢派については「謎とき『罪と罰』」の感想にも言及あり) スメルジャコフとイワンとの関係など、とても書ききれないので、読んでいただくしかないのですが……。

それから驚いたのは、おそらくトーマス・マン等あらゆる作家に影響を与えた、あの悪魔と会話するシーン、あれは譫妄症の症状にある事であり、ドストエフスキーは何人もの医者から聞いて調べているんです。
ひとつひとつに、きちんとした裏付けがとられているから、これだけリアルなのでしょう。
それにしても、イワンがアル中とは、知らんかったです。
ドストエフスキーの小説が、どれだけきちんとしていて、いいかげんに書かれていないと言うのは、1878年に書かれたメモからもわかります。

「汽車が全速力で走りすぎる間、その下のレールの間にずっと寝ていられるかどうか、確かめること。
 懲役刑を宣告された男の妻が、すぐに別の男と結婚できるかどうか、調べること。
『白痴』がそんな大勢の養子をかかえたり、学校を持ったりなどする資格を有するかどうか?
 貴族であり地主である青年が永年にわたって修道院に (たとえ伯父のもとにせよ)、見習い僧として籠ることができるかどうか、調べること (N・B悪習を放ったフィラレートに関して)。
 フレーベル協会の遠足に参加すること」


今の作家に見習ってほしいっす。
続きます。




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謎とき『カラマーゾフの兄弟』その2 2008.6.27

この本で引用されている小説中の文で、ご紹介したいものが沢山出てきてしまいまして、引用の引用になりますが…、次のパイーシイ神父の言葉は、まさにドストエフスキーの心情ではないでしょうか。

「俗界の科学は、……聖書によってわれわれに遺された天上の教えのすべてを解き明かしてしまい、……これまで神聖とされてきたものが何ひとつ残らぬまでになってしまった。しかし彼らはその個々の部分を解き明かしたのであって、全体は見落としており、その盲目さ加減には呆れかえるほどじゃ。して、その全体は彼らの眼前にこれまでと同じく厳として立っており、地獄の門もこれに勝つことはない。そもそもこの全体はこれまで十九世紀の間も生きつづけてきたのであるし、いまも個々の魂の動きのなかに、民衆の動きのなかに生きつづけていはしないだろうか?一切を破壊しつくしたほかならぬあの無神論者の魂の動きのなかにさえ、それはこれまでと同じく生きておる、確固としてな!」

ここでは「地獄の門」という言葉が問題になっており、もともとはマタイ福音書一六・一八からの引用なのだそうです。それも引用しておきます。

「われはまた汝に告ぐ、汝はペテロなり、われはこの岩の上にわが教会を建てん。しかして地獄の門もこれに勝つことなからん」

やはり聖書は再読せねばです。せめて新訳ぐらいは。
聖書とドストエフスキー作品との関わりは、実に多いんです。…と思ったら、旧訳聖書も出てきました。
イワンのセリフ「ぼくがドミートリイ兄貴の番人だとでも言うのかい?」は、弟アベルを殺したカインが、エホバに問いつめられて答えるときの言葉だそうです。

続きます。




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謎とき『カラマーゾフの兄弟』その1 2008.6.26

まず、新訳カラ兄弟を読み終えてから、これを読もうと思っていたのですが、「謎とき『罪と罰』」(感想こちら) の時に、再再読したくてたまらなくなってしまった事を考えると (実際には再再読してませんが) 先にこれを読んだ方が『カラ兄弟』がより楽しめるのではないかと思いました。
前作「謎とき『罪と罰』」では、全主要人物の名前の日本語訳にびっくらこきましたが、まずは「カラマーゾフ」の意味からです。
この本に、自分でも忘れていましたが、新聞の切り抜きが挟んでありました。
その小森陽一さんの文にも、カラマーゾフの意味が書かれています。以下切り抜きより一部引用です。

日本の読者には意外かもしれませんが、ドストエフスキーの小説は駄洒落の宝庫。言葉を奪われた少年にとって、自由に言葉と遊べる世界だったのです。
 たとえば『カラマーゾフの兄弟』。チュルク・タタール語でカラは「黒」、マーゾフは「塗る」という意味の「マーザチ」の変形。だからカラマーゾフは、当時流行っていたローリング・ストーンズの「ペイント・イット・ブラック」に姿を変えたりするわけです。もちろん、この種の謎解きは、小説の中で、中学生にもわかるようにしかけてあります。―中略― ドストエフスキーをクスクス笑いながら読みたい方には、新潮選書の江川卓さんの『謎とき「罪と罰」』、『謎とき「白痴」』、『謎とき「カラマーゾフの兄弟」』が、とっても親切な道連れになってくれるはずです。―後略―


カラマーゾフはローリングストーンズになるんですね!
「カラマーゾフ」は実際には、形容詞、副詞の形で使われているそうです。
そして、1934年に「ロシア語解釈辞典」に「カラマーゾフシチナ」という名詞が登録され、次のような語義が出ているそうです。

「極度のモラル感の欠如、無抑制の情熱にともなわれ、道徳的堕落と高揚した精神的衝動との間の不断の動揺を特徴とする、風俗的、民族的、ないし心理的現象である」

次回へ続きます。

謎とき『罪と罰』
謎とき『白痴』




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NHK知るを楽しむ この人この世界 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコーヴィチへ 亀山郁男 その3 2008.6.25

この「悲劇のロシア」でとりあげられているのが、ドストエフスキー、マヤコフスキー、ブルガーコフ、エイゼンシテイン、ショスタコーヴィチでして、(「エイゼンシテイン」は「エイゼンシュタイン」か「エイゼンシュテイン」での表記を見ますが、『白痴』のムイシュキンと同じく、何故か小さい「ュ」をとるんですね。実際の発音はどうなんでしょ。)
エイゼンシュテインは好きで全部見てます。
映画界では非常に重要な、後に多大な影響を与えた監督なのは、今さら言うまでもないのですが、以下の文には、またまた(゚Д゚)ハァってな感じでして・・・。
決してこの人に対して悪意も何も持ってないんですけど、重箱の隅をつつくつもりもないんですけど、とにかくこういうのが多い訳でして。

 セルゲイ・エイゼンシテインは、ソヴィエト・ロシアが生んだ最も才能ある映画監督であり、史上最も有名な監督の一人でもある。私が初めて彼の作品に接した一九七〇年代の初頭、わが国でもエイゼンシテインの名はすでに伝説化しており、われわれはある種の畏敬の念をもって彼の映画に接したものだった。
 しかしその一方、現代の映画を愛する者の目に彼の映画は果たして魅力的なものとして映るのだろうかという疑問が、長く私の心を占めてきたことも否めない。端的に言って彼の映画は、単純に娯楽として、あるいはわれわれが普通に映画を見る喜びとして経験できるようなものではない。たとえば、『戦艦ポチョムキン』(一九二五年製作) がわれわれに突きつけている映像の意味と、われわれが一般に映画から得ようとしているものの間には、深い断絶がある。特に現代においては、その感がつよい。


だから何?って思うんですけど。
娯楽ならスピルバーグやジョージ・ルーカスあたりにまかせておけばよろしい訳でして、サイレントの娯楽作品が見たいなら、チャップリンとかフェアバンクスだとかハリウッド映画を見れば良い訳でして、わざわざエイゼンシュテインを見なくても良いんじゃないっすか??
誤解のないよう書いておきますが、映像美とテンポの良さに加えて、緊迫したストーリーに、全く退屈することなく観られる作品が多いと思います。
それはともかく、「スターリン独裁」と「芸術家」という問題については、なかなか興味深かったです。
もう1つ引用です。

 芸術の宿命とは、「魅了」である。そして魅了できる力とは、ほかでもない、あらゆる意味における「権力」である。国家も、芸術家もめざすところは同じである。魅了しようとする相手が異なるだけだ。

「権力」ですか。う~~ん良くわからんです。

最後のショスタコーヴィチは、メロディーに仕掛けが隠されていて、ビゼーのオペラ『カルメン』中のアリア「ハバネラ」の「信じてはいけない」を表わしているなどなど、大変おもしろかったです。



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NHK知るを楽しむ この人この世界 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコーヴィチへ 亀山郁男 その2 2008.6.24

◆『罪と罰』(つづき) ◆
『罪と罰』を「童話」だと書かれているのには愕然としてしまいました。
著者は「シンデレラ」も「白雪姫」も知らずに育ったという話ですが。
それと『白痴』の所で、ラスコーリニコフの一種の無差別殺人と書かれているところも(゚Д゚)ハァ?でした。無差別殺人とはぜんっっっぜん違うでしょう!!

◆『白痴』◆

 

ナスターシャ、ロゴージン、ムイシキン、性的不能者である三者が織りなすドラマ、との見方は、おもしろかったです。

◆『悪霊』◆
とりあえず引用です。

 主題は、徹底した「無関心」である。少女の死を予感しながら動くことなく、悲壮な覚悟とともに死に向かおうとする少女の内面にも同化せず、あたかも「神」であるかのごとき高みに立って、少女の死体をあるがままに、無関心に眺める。それは、他者の生命、他者の痛みに無関心ということの究極の姿である。

しかし、その前の『悪霊』の要約で、無言のまま鞭打ちに耐える娘を見て、息がつまるほどの快感を覚える。ってご自分で書かれているじゃないっすかっっ。それが何故無関心と??
ちなみに所々に疑問な箇所はありますが、要約するのは上手いですね。
次回 (多分最終回) に続きます。




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NHK知るを楽しむ この人この世界 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコーヴィチへ 亀山郁男 その1 2008.6.23

この人の新訳『カラマーゾフの兄弟』(感想こちらから。) を読む前に買ったのですが、テレビ見て買ってだい~~~ぶ経ってから読み終えたので記憶も薄れているのですが、テレビとは内容がだいぶ違う気がしました。
特に、最近再読した『罪と罰』は、どーもピンと来ません。私にはわからん感覚です。
逆に、テレビでは随分上っ面だけで薄いなあ、と思った『白痴』は結構おもしろかったです。
又、テレビでは言及があったか覚えていませんが、この番組ではよくあるんですが、自分語りが始まっちゃうんですよ。その作家を語るのに、その頃の自分はどうで、こう影響を受けたという話になるのは、わからなくもないんですが、いや、あなたの事には興味ないですから!と言いたくなってしまう事がしばしばあります。
そういうのが、テレビで見ていた時には多分なかったと思うのですが、この本にはあります。

◆『罪と罰』◆

  

次のように書かれているんですが・・・

殺人者であるラスコーリニコフは、娼婦に身を落としているソーニャに対して「君も一線を越えた」と責め立てるが、

エーッ?「責め立てた」んではないんじゃないでしょうか。
まあ原書が読める訳ではないので、はっきりは言えないかもしれませんが、どうとっても踏み越えた事に対して何故責める?って感じっすよね。
江川卓訳の『罪と罰』のこの箇所を引用します。

きみも踏みこえた……踏みこえることができたじゃないか。きみは自分で自分に手を下した、きみはひとつの生命をほろぼした……自分の生命をね (なに、どっちだって同じことさ!)。きみだって魂と理性で生きていけたはずなのに、行きついた先はセンナヤ広場だった……しかし、きみには耐えきれまい、もしきみがひとりぼっちになるようなことがあれば、きみはぼくとおなじように気が狂ってしまうだろう。いや、いまだってもう、きみはだいぶ狂っている。だからぼくらはいっしょなんだ……道づれなんだよ!行こう!」

奇妙な愛の告白のようにも思えます。
それと、違和感があったのが、江川訳で「踏みこえる」という所を「またぎ越す」と書いてあるんです。どーも不自然な日本語な気がしてならないんですが。
それから、以下引用です。

おそらくはドストエフスキー自身もラスコーリニコフの人間的な復活がどういうものになるか完全には予見しきれず、したがってそれに対して明確に答えを差し出すことができなかったように思える。『罪と罰』の長い物語は、末尾に来て、「救い」への入り口に立ったことを示しただけで終わるのである。

「救い」への入り口に立ったことを示すだけで良いのではないでしょうか?
この先まで書いても、かえって興ざめな気がします。
希望を持たせた所で終わる小説に優れたものが多いのではないかと私は思います。例えば『風と共に去りぬ』(感想こちら) なども、そうですよね。全て明かさず、読者の想像にゆだねた方が良い場合は沢山あります。
次回へ続きます。



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NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 野村克也逆転の発想 その3 2008.6.21



少ない給料の中から、毎月母親に仕送りをしたノムさん。
その母親が、そのお金に手をつけずに貯金し、野球の選手になるのを反対していた母親が、ノムさんの活躍の記事を切り抜いたスクラップブックが死後に見つかった話などは、ジーンときちゃいました。
「母親の話になると、どうしてもダメですね」と涙していた姿が印象的でした。

最下位のヤクルトを常勝チームにした手腕は驚きですが、彼を監督に呼んだ球団社長や周りの人達も良かったのですね。以下引用です。

――ちなみにヤクルトは、野村さんからみて再生しやすいチームだったのでしょうか?
 ものすごく家庭的なチームでしたからね。球団社長の相馬さん以下、チーム全体がファミリーというイメージがありました。みんな僕のことを温かく迎えてくれたし、選手たちも素直だから、僕がミーティングで言った言葉が土に染み込む水のように浸透していくんです。社長も「野村さんの好きなようにやってください。すべてとをお任せしますから」と僕に全権委任してくれた。そうしたチームだったからこそ、何度もの優勝を果たすことができたように思います。社長やオーナーの強力なバックアップがあったからできたことです。


楽天の監督になってからは、山崎の再生ぶりが、もうほんっっとに驚きです。それも1年じゃ終わらなかったですもんね。
最後に、また飛び出した名言で終りにします。

 本当に僕は野球馬鹿なんですよ。野球以外にはまったく興味がないし、野球の話なら何時間でも話していられるけど、それ以外の話題は沈黙 (笑)。野村から野球を引いたらゼロ。なにも残らないんです。



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NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 野村克也逆転の発想 その2 2008.6.20




まずは引用です。ちょっと長いっす。(汗)

 子守りやアイスキャンデー売りのアルバイトもしていました。子守りのときは、泣かれると面倒なのでいつもどうやって寝かせるか、そればかり考えていましたね。おかげで、その家のお母さんに「克ちゃん、ウチの子をなるべく寝かさないでちょうだい。昼間寝過ぎると夜寝なくてたいへんなのよ」とイヤミを言われたこともありました。
 アイスキャンデー売りの仕事は歩合制だったので、お祭りの場所ばかりを狙って出かけていましたね。祭りには人が大勢集まってくるから、アイスキャンデーと書かれた旗を立てておくだけで、飛ぶように売れるんです。だから、どこの町で、いつ祭りが開催されるかを入念に調べて知っていました。売り切れると、新しいアイスキャンデーを仕入れるために、峠道を自転車で何往復もしていました。
 とにかく子どもながらに、どうやったらラクに売れるかを考えていたように思います。改めて思い返すと、僕が今やっている「データ野球」の源は、じつはアイスキャンデー売りにあったのかもしれません (笑)。


小学生の頃から、このように頭を使ってきたんです。
そんな野村流のやり方は、野球に限らず、あらゆる指導などや人生に役立つ事が詰まっています。以下引用。

 選手の育て方にはいろんな方法があるんです。徐々にラクなところから慣らしていって経験を積ませたほうがいい場合もあれば、いきなりド~ンと大舞台に放り込んだほうが育つこともある。それぞれの選手の性格をちゃんと把握することが大切なんですよ。

こんな事も言っています。

――野球人である前に、ちゃんとした人間であれということでしょうか?
 そうですね。野球選手である前に自分の人生というものを考えろ、ってことなんです。「人生」ってうまい字ですよね。「人として生まれる」「人として生きる」「人として生かす」、いろんな意味が含まれている。「人」という字も支えがなきゃ1人じゃ生きていけないことを表わしているし、「人間」という字も「人の間で生きていく」ということを意味しているわけです。
 そういうことを一通り言って、選手たちに考えさせるんですよ。野球はやっぱり「人」。団体競技でチーム最優先であることは前提としてありますが、そのためには個人ひとりひとりの生き方や価値観が大切になってくる。自分がどう生きるべきかを考えれば、野球観もおのずと変わってくるはずですよ。


もうちょっと続きます。



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NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 野村克也逆転の発想 その1 2008.6.19



こちらにテレビの感想を書きました「野村克也 逆転の発想」。
4回シリーズのテレビが大変おもしろかったので、テキストを買って読みました。
テレビで話されていたのとは、言葉遣い等微妙に違っていて、ちと違和感がありました。こういう言い方ではなかったなあ、とか。そういうのはありましたが、おさらいが出来て良かったです。

野村監督という人は、常に敗者復活戦で勝ち上がってきた、みたいな人生をおくってきたのですね。
3才の時に父親が戦死、極貧生活の中、母親を助け、小学生の頃から兄と共にアルバイドに励み、なんとか野球を続けたいと、兄の協力もあって、やっと高校に進んだものの、野球部廃止の危機。それを生徒会長になって反対していた先生を味方につけ、野球の楽しさを教え (この先生の話がまた、実にええ話でして) しかし、夏の大会に出場するも一回戦敗退。
南海のテスト入団も、審査員に助けられて、あやうい所をやっと合格。
「カベ」と呼ばれるブルペンキャッチャーを努めるものの、1年でクビを言い渡され、「給料はいらないから、もう1年やらせてくれ」と泣いて頼んだのだそうです。
様々な屈辱に耐えて這い上がって来たんですね。
そういうひとつひとつの経験が、見事に選手・監督業に活かされているのですから、スゴイです。
野村克也という人に与えられた役割りだという気がします。
人の一生というものは、わからんものです。恵まれなかったからこその輝かしい人生なのですから。しかも個人の人生だけでなく、野球界に実に大きな役割りを果たしてくれたのですし。(ID野球は今は当たり前ですが、最初にやったのはこの人です。)
長くなったので、例によって(^^;)、次回に続きます。



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謎とき『罪と罰』その2 2008.6.18

『罪と罰』以外の作品にも、いろいろと言及されていまして、『地下室の手記』なんかも近いうちに再読しようと思ってるのですが、こんな文も。

 心にもなく地下室人を揶揄する羽目になったが、ドストエフスキーがこの作品で、いわば意識的な創作行為として、「名前のない主人公」を発見できた意味はやはり大きい。大げさに言えば、カフカの「ヨーゼフ・K」に先立つこと六十年、ドストエフスキーはすでに『地下室の手記』で、作品における命名ないし非命名行為の方法的な認識にまで到達していたのである。

カフカいろいろ書いてます。
『白痴』の感想で、カミュの『異邦人』に言及しているのですが、犯行前後の「太陽」についての言及に (P.42~43あたりです) 私はまたカミュを思い出しました。
カミュは間違いなくドストエフスキーの影響を受けているので、(私、元々ドストエフスキーを読むきっかけとなったのが、カミュが多く言及していたからなのです。) ムルソーの太陽は、もしかしてココから来てる?と思ったり。

小説とはあまり関係ないかもしれませんが、スヴィドリガイロフの言う「永遠」からの話の展開で「永遠」について、にゃるほど!と目から鱗的だった文があったので、これを引用して終りにします。(う~ちと中途半端な終わり方か・・・)
その前に、スヴィドリガイロフのセリフも引用しておきます。つづけてどーぞ。

「私たちは永遠というものを、なにか途方もなく大きなものとして考えていますがね。〈……〉しかし、そんな考えはさっぱり捨ててですな、そこに小部屋の一つも考えてみたらどうです。田舎の風呂場みたいな、煤だらけの部屋で、どの隅にも蜘蛛が巣を張っている。で、これこそが永遠だ、というわけです。」

たしかに「永遠」というのは、案外にみみっちいものかもしれない。いわば「男妾」的な境遇に身を置いた男が、妻の持村の田舎臭い風呂場にひとりたたずんで、隅々に巣を張った蜘蛛をじっと見つめている光景を想像してみるとよい。しかもそれが七年間、明けても暮れてもつづくのである。これが「永遠」でなくて何だろう。

謎とき『カラマーゾフの兄弟』
謎とき『白痴』



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謎とき『罪と罰』その1 2008.6.17

ずいぶ~~~ん前に購入してあったこの本。『罪と罰』を再読したら読もうと思っていたので、なかなか読めずにいました。
いやはや凄い凄い。もっと早く読めば良かった~~と後悔しきりでした。
日本語訳で読んでいたのでは絶対にわからない事を沢山教えてくれていますし、とんでもない細かい仕掛けに、ドストエフスキーにも、謎解きをした江川卓 (元野球選手ぢゃありましぇん。ロシア文学者の「えがわたく」ですから~) にもブッたまげました。あまりに細かくて読むのがしんどくなった事も事実ですが。(^^;) 数字の細かさなんて凄いのなんのって。ほんまかいな、ってのも結構あるんですが・・・。
紹介文替わりに本文より引用です。

 この「謎」は、たとえば、なぜこの小説は「罪と罰」と題されているのか? どうしてこの小説は「全六編+エピローグ」の構成になっているのか? 主人公の名前がラスコーリニコフで、女主人公の「聖なる娼婦」がソーニャと命名されているのはなぜか? といったあたりにまでかかわる。しかもこの種の「謎」が、小説の筋の運び、空間的、時間的作品舞台、章建て、文体、言葉の隅々にまで張りめぐらされていて、それを発見すること自体が、すでに想像力の異常な飛翔を要求される一大事業なのである。ましてや、それらの「謎」をすべて読み解くためには、ドストエフスキー自身になり変るしか手がないとさえ思われる。
 この本での私の『罪と罰』謎ときの試みは、天才ドストエフスキーが仕掛けた「謎」のごく一部分にしか及んでいないだろう。見当はずれもだいぶあるにちがいない。故人ドストエフスキーは、アレクサンドル・ネフスキー寺院の墓所の奥深くで、百二十年もかかってせいぜいその程度かいと、ぺろりと赤い舌を出しているかもしれない。


もうひとつ。

少くとも私は、小林秀雄が「『罪と罰』について」の中でもらした次の言葉を逆説的な教訓として受けとめたいと思う。
「ドストエフスキイの翻訳にかけては、吾が国は、恐らく世界一である。といふ事は、ドストエフスキイにからかはれてゐる事にかけても世界一だといふ事になるかも知れない」


ドストエフスキーが、名前でふざけている事は知っていたのですが、登場人物1人1人の名前に、ことごとく意味があるのは知らんかったです。
江川さんは、名前も翻訳して書いているので、あの金貸しばーさんは「お光さん (おみつさん)」とこの本を読んでからはインプットされてしまいました。(笑)
どの作品も、聖書と深い関わりがあるように思うのですが、ぬわんとっ!ラスコーリニコフが666だとは!詳しくは本読んでくださいませ。
ヨハネの黙示録は好きで何度か読んでいるのですが、聖書も1度きちんと読み直そうと思って、少し前に読み始めたものの、速攻挫折したままになってるんですが(^^;)、やはり読まねばと思うし、再読したい本も、まだ読んでないドストエフスキー作品もありますし、ドストエフスキーに関わると大変です。ま、それが楽しいんですが。
聖書、ギリシャ神話、ロシアのフォークロアと幅広く、しかも深く網羅して、ドスト小説に関連づけている江川卓、凄すぎ。
そして、異端宗教も出てきます。ラスコーリニコフと分離派の関連とか。
その分離派の分派の去勢派 (スコプツィ) って言うおそろし~~のも出てくるんですが、これは澁澤龍彦『秘密結社の手帖』その2で言及しているので、是非是非読んでみてくださいませ。(心臓の弱い方はお気をつけて)

長くなりましたので、次回へ続きます。



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池波正太郎『おせん』其の二 2008.6.16

重金敦之さんの「解説」に書かれた池波正太郎さんの逸話には、ハゲしく同意でした!
ちょっと長い引用になりますが。

 若い女の人の使う言葉が乱れて、理解しにくくなってきたのは、いつの頃からだろう。テレビに顔を出すタレントたちの奇妙な幼なさの残る、舌足らずのしゃべり方が一般の人たちのあいだに広まっていったのだろうか。あるいは、町を歩いている普通の女の子たちが、テレビに出るようになり、タレントの仲間入りをしたのかもしれない。
 池波正太郎さんは、若い女性からの仕事のことで、電話がかかってくると、
「ちょっと待って。あなたのそばに三十以上の男の方はいませんか。もしいたら、その男の人と電話を代わってください」
 というそうだ。
「とにかく、なにを言っているのか、まったくわからないんだよ。僕の耳のせいかとも思うけど、男の人のいうことならわかるんだからね……」
 自分の会社名はおろか、名前も名乗らずに、突然、用件を切り出すなんていうのは序の口で、仕事をお願いして頼んでいるのだか、命令しているのか、わからない手合いが実に多い。池波さんにいわせれば、これはなにも電話に限らず、舞台や映画、テレビの役者も同じことで、
「聞き取ることが苦痛」
 とまで、言いきっている。
 私は、池波さんと一緒に、昭和十六年に公開された映画「元禄忠臣蔵・前篇」(溝口健二監督) を観たことがある。主演女優は三浦光子だったが、着物の着方、歩き方、ちょっとした挙措や仕草、めりはりのきいた言葉づかいと抑揚の美しさ、どれをとっても、今の若い女性が失ってしまったものを完璧に備えていた。
「今の役者は、旗本の奥方をやらせても、お側女中でも、みんなおんなじ着物の着方になっちゃうんだからね」
 この一言をもってしても、池波さんの女性に対する厳しい眼が感じられるというものだ。
 本書に収録された十三編の短篇小説は、いずれも女性を主人公にしており、彼女たちはみな池波さんの厳しい眼をくぐり抜けてきた人たちばかりである。善良な女性もいれば、性悪な女もいる。それは人間である以上、当然のことであって、生きているからこそ、良いこともすれば、悪いことも考えるのだ。


50年代頃までの昔の時代劇って、安心して見てられるんですよね。ほんっっとにセリフがキレイで上手。その後には早くも棒読みが気になったり、現代に至っては「さしすせそ」がしゃべれない女性が出て来ると、もう見る気なくなります。
(実は私も「さしすせそ」がキレイに発音出来ないんですが…それは自分でも気になるし~~でも女優とかアナウンサーではないですしね)



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池波正太郎『おせん』其の一 2008.6.13

母が友人 (私もよく知っている方です) から借りてきたのを、また借りして読みました。
実はこのあたりは疎くて、池波正太郎は初読です。
女性を主人公にした短篇集で、井原西鶴の『好色五人女』を思い出しました。
びっくらこいたのが、どれをとっても1つとして退屈する話がなかったんです。いやはや素晴らしい!!
実に勇ましく潔く気持ちの良い女性が勢揃いです。
美人から不細工まで、あらゆる女性が登場しますが、1人1人とっっても魅力的です。作者が愛情を持って描いている感じがします。
ほんっっとにおもしろくて、どれが一番と言えないのが困ったところ。表題作の「おせん」も、とても好きだし。(ってか、読んでから感想書くまで日数が経ってしまって、いろいろ書きたい事があったと思うのですが、忘れてしまいました。_| ̄|○ )
「お千代」の、大工・松五郎の毎日の弁当が旨そうな事!以下引用です。

 炊いた御飯へ、鰹節のかいたのをまぜ入れ、醤油をふってやんわりとかきまぜ、ちょいと蒸らしてから、これをにぎりめしにして、さっと焙った海苔で包む。

実はこれ、やってみました。おいちかった!!今度からおにぎりっつーとコレつくってしまいそう。
この「お千代」はコレットの『牝猫』を思わせるような、猫の出てくる話でして、お千代とは猫の名前なんです。「うちのお千代がね」なんて大工の松五郎が言う所が、なんとも可笑しいです。
重金敦之さんの「解説」がまた良かったのでして、次回、そこから引用して終わります。




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アーサー・C・クラーク『前哨』 2008.6.12

1940~50年代に書かれた短篇集です。
『幼年期の終り』でほとほと参っていたアーサー・C・クラーク、一緒に図書館で借りていたこの本を手にとると、短編集なので少しホッとしました。(^^;)
と思ったのも束の間。最初は、やはり長編より楽だ!と思ったのですが、読み進むにつれ、さっぱりわからん!!じょーたいに陥る事もしばしば。
そんな中、「破断の限界」と「優越性」は、大変おもしろかったです。
隕石によって予備の酸素がなくなり、宇宙船で2人のうち1人なら生き残ることが出来るという状況での心理劇。
話の展開が実に上手くて、飽きさせません。
その「破断の限界」より引用です。

本当に悪いニュースは、どうやらつねにたしかな裏づけをともなってやってくるようだ。眉つばなのは、いい知らせにかぎるらしい。

にゃるほど、真理をついてる気がしゅる~~

「優越性」は、カフカ的ユーモアだと思いました。かなり好きです。こんなユーモアのセンスもあったなんて!いやはや凄いっす。

本のタイトルになっている「前哨」は、この作品に想を得てキューブリックが映画『2001年宇宙の旅』を作ったのだそうです。
モノリスの原型が出てきます!



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アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』その2 2008.6.11

この小説、1953年に書かれているのですが、全く古くなく斬新な所は流石です。
そして、次の文などは、まるで現代を予言しているかのようです。

世界はいまや泰平無事で、なんの面白味もなく、そして文化的には死んだも同然だ。オーバーロードがやってきて以来、本当に新しいものは一つとして創造されていない。そうなった理由は明白だ。そのために戦うべき目的が、なに一つ残されていないからであり、あまりに多くの気晴らしや娯楽がありすぎるからでもある。現在では、ラジオもテレビも、あらゆるチャンネルから、毎日述べ五百時間にもなろうという番組が氾濫している。あなたはこの事実に気づいていますか? 一日中ねむらず、ほかのことは一切せずにラジオ、テレビにかかりきっていても、毎日スイッチをひねるだけで、出てくる娯楽番組の二十分の一も見聞きできないのですよ! 人類が、受動的なスポンジに――吸収するばかりで決して創造しない動物になってしまったのも不思議はない。現在、一人あたりの平均視聴時間は、日に三時間にもなっておるという事実をご存知ですか? このままでいくと、近いうちに人間は、自分の人生を生きることをやめてしまうかも知れない。テレビのシリーズものに遅れないようについていくのが、一日がかりの仕事ということにもなりかねないのです!

現代なんて、3時間どころぢゃないんぢゃないかと・・・。
自分なんて、CATVが観られるようになってたら、とんでもなく忙しくて大変ですし。(汗汗)
録画した映画とインターネットとギターと、何故こうも仕事以外でいそがしいんだーーーたまにはぼ~~っと何もせずに過ごしたい~~!なんて思うこともしばしばです。

それと、この小説、『2001年宇宙の旅』のスターゲイトを思わせる、〈スタードライヴ〉なんてのも出てきます。

アーサー・C・クラークは、大学では物理学と純粋数学、応用数学を専攻し、その後は電気技術大学の教員になったり、物理雑誌の副編集長をやったり、小説を書きながら、ラジオ・テレビで科学解説や講演をやったり、宇宙科学の解説者としてレギュラー番組を持ったりしていたそうで、それだけ飛び抜けた科学の知識があったからこそ、こういう矛盾のない計算されつくされた凄い小説が書けたのだと思います。



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アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』その1 2008.6.10

幼年期の終り

『2001年宇宙の旅』(感想こちら) を読んだ時も、苦手~と思ったんですが、やはりアーサー・C・クラークは苦手です。(^^;)
話としては、すごくおもしろいし怖いので、なんとか頑張って全部読んだものの、途中かなりだるくて辛い読書でした。
元々SFは得意ジャンルではなく、ほとんど読んでいないと言う事もあるかもしれませんが。(やっぱ理数系はダメだ~~)
と言いつつ・・・それでもこの小説は凄いんです。

私、ジョン・レノンの「イマジン」が、どーにも好きになれん、という事を、度々書いているのですが、あの「イマジン」で歌われているユートピアの世界って、まさにこの『幼年期の終り』で描かれている世界だと思うんですよ。
以下引用です。

 それ以前のあらゆる時代を標準にしても、現在はまさしくユートピアだった。無知、疫病、貧困、恐怖などは、もう事実上存在しなかった。戦争の思い出は、悪魔が暁とともに消え去るように、過去へと消え失せていった。―中略― 生産は大規模に機械化され、無人工場が絶えまなく消費物質を市場に送り出したので、一般の生活必需品は事実上無料になった。人間はただ自分の望む贅沢のために働くか、それともまったく働かないかのいずれかだった。

・・・と引用した箇所を読むと、ちょっと違うかも。(^^;) でも国境も人種もなく、ってな事も、確か書かれていて (違っていたらスミマセン) もろ「イマジン」の世界だーと思った訳でして。
わたしゃ、そんな世界が良いものだとは到底思えない訳でして、それを、この小説が解明してくれてるぢゃないの!と思ったですよ。
そのユートピアは、異星人に支配された世界なのですが、もう実に実に恐ろしいことこの上ないかと。
アーサー・C・クラークの優れた所は、理数系のみに走らず、人間の本質を見抜き、心理描写にも優れている点だと思います。
異星人オーバーロードであるカレルレンのセリフを引用です。

あなたは、ドイツの独裁者ヒットラーの活動が、どれだけつづいたと思う? もし彼が、どこに行こうと絶えず耳に囁きかけてくるしずかな声を聞いていたとしたら? あるいは、うるさい歌の一節がくりかえし耳もとに鳴りひびき、他のあらゆる音を呑みこんで、眠りをさまたげ、夜も昼も彼の脳髄を錯乱させたとしたら? この方法に、なんら残忍さのないことは誰でも認めるだろう。しかし、最終的な分析の結果を見れば、トリチウム爆弾とまったく同様な効果があげられるのだ」

こんな、ちょっとしたセリフに、その恐ろしさとクラークの頭の良さが散りばめられています。
そして、地球に対する警告、メッセージも込められているのではないかと思いました。以下同じくカレルレンのセリフより引用です。

「諸君の種族は、諸君自身の、どちらかといえば小さい惑星の問題を処理することにすら、驚くほどの無能ぶりをしめした。われわれがやってきたとき、諸君ら人間は、科学がほんの僅か性急に諸君に与えた力のために、自から絶滅への道を辿ろうとしていた。われわれが干渉しなかったら、いまごろ地球は放射能まみれの砂漠と化していたろう。

長くなったので、(いつもの事ですが(^^;)) 2回に分けます。




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『ナンシー関の記憶スケッチアカデミー』 2008.6.6



ナンシー関がまだ39才で亡くなった時は、ビックリでショックでした。その頃教えてもらったこのサイト
絵も爆笑だし、それに対するナンシー関のコメントが、もうほんっっと最高で。
4本足のニワトリ~~!とか。
この前偶然に、この本が出ているのを知り、早速購入しちゃいました。
いやあもう、電車で読むのはオススメしませんっっ! 絶対声出して笑いますから!!
ナンシー関、押切伸一、いとうせいこうの「記憶スケッチ学会座談会」では、実にマジメに記憶スケッチについて論じているのでありまして、高齢の方の線の多さの問題、二次元、三次元まで話は行き、記憶の揺れゆらぎからキュビズムまで!!
サイトでちょーー爆笑だったニワトリの巻が入ってなかったのが残念でしたが、へえ~~そうなんだ~~と思ったいとうせいこうの話です。

いとう 前に、ちょっとした機会があって、有名企業の重役たち三十何人にニワトリを描かせてみたんですよ、実は。初期にやった実験を再現してみた。そうしたらですね、三十何人のうちの5人くらいがやはり4本足を。
ナンシー あら。
いとう 教養もあり。
押切 出世競争を勝ち抜いた。
ナンシー 一国一城の主たる。
いとう すごい人たちなんですよ。社会的には。それが足4本描いて、俺に指摘されるまで気がつかない。


押切伸一の「解説」が、これまた良かったです。そこから引用です。

テレビの中で自分のつまらなさに無自覚なまま、自意識を垂れ流す人々を不快さに耐えながら観続け、そのどうしようもなさを指摘し続けたナンシーにすれば、愛らしいスケッチたちを素材にあれこれ考えることは、心軽く楽しい作業だったに違いない。全身全霊を傾けたか、投げやりかはともかく、投稿してくれた人たちがこれだけ楽しませてくれたのだから、とその楽しさをもっと膨らませて読者に届けようとしている。

全くその通りですね。コメントのひとつひとつが、ほんっっとにスゴイです。惜しい方を亡くしたとつくづく思います。もうひとつ引用して終わります。

 脳機能の研究者たちは言う。「脳にはまだまだ解らないことが多い」。当然だ。本書を読めばそんなことすぐ判明する。だが、人は解らないまま生きていて、それでほとんど大丈夫なのだ。ナンシーがそう言って勇気づけているようだ。
 存命なら当然この連載は続いていたことだろう。眉をしかめ、小難しいことを言っても人間はこの程度。それでも素晴らしい。『ナンシー関の記憶スケッチアカデミー』を読んでホッとしたかった。


2も出てたんですね!買わなきゃ。2に「ニワトリ」掲載されてるみたいです~~



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『罪と罰』再読 その5 2008.6.4

  

『罪と罰』はほんっっとに1人1人のキャラが良いんですよね。
スビドリガイロフなんて、すんごいおもしろいですよね。
そのスビドリガイロフの次のセリフが、なかなか真実を語っていると思います。

いよいよ最後に、女心を征服する絶対確実な奥の手を出したわけです。この手だけは、だれが使ってもけっしてまちがいっこない、例外なくすべての女性に効験あらかたなやつでしてね。なに、だれでも知っている手で、お世辞というやつですよ。この世のなかに、何がむずかしいと言って、真正直なほどむずかしいものもないし、お世辞ほどやさしいものもありませんな。真正直ということだと、たとえ百分の一でも偽りの調子がまじれば、たちまち不協和音が生まれて、たちまちスキャンダルです。ところがお世辞ということなら、徹頭徹尾偽りの調子で終始しても、それでも耳に快く、聞き手に満足を与えます。まあ、上等な満足ではないまでも、満足であることに変わりはない。しかもお世辞というやつは、どんなに見えすいたものでも、最低その半分はきまって真実に思える。しかもこれが、どんな教育を受けた人でも、社会のどの階層の人でもそうなんですな。聖女だってお世辞で誘惑できる。ふつうの人間についちゃ、言うまでもありません。

最後に「あとがき」から引用しますが、いくつか引用した文を読んでみて、読み難い、判り難い、と思います? 私は、ドストエフスキーは新訳でなくたって、充分おもしろく、頭に入ってくると思うんですが。
実際、『悪霊』などは、前半結構大変だったり (途中からはすごい勢いで読めちゃいます)、『未成年』は全然覚えてない始末なんですが(^^;)、罪と罰やカラ兄弟、白痴あたりは特に、米川訳や、それ以前より後の訳なら、ぐいぐい読めると思うんですけどね。

 今度の私の翻訳では、いちおう読みやすく、わかりやすい『罪と罰』を心がけたつもりだが、かといって平明さのための平明さを求めるようなことはけっしてしなかった。私の持論を言わせてもらえば、ドストエフスキーの作品、とくに『罪と罰』は、断じて晦渋難解な文体では書かれていない。それは、きわめて具象的で、生活的で、ときには作者の息づかいが文章から聞きとれるほどインチームな文体である。だから、この文体を忠実に追うかぎり、難解なドストエフスキーなど出てくるはずもない。ドストエフスキーの「難解さ」は、彼を必要以上に神秘化してきた後年のドストエフスキー論者に一半の責任があるとさえ私は考えている。

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
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