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埴谷雄高『ドストエフスキイ その生涯と作品』その3 2008.7.31

◆罪と罰◆

  


『罪と罰』の意図について、ドストエフスキーは「ロシア報知」のカトコフ宛てに書いています。
これまた全文引用したいくらいなのですが、一部を。

なおそのほか、小生の小説には、次のような思想の暗示があります。法律によって課せられる刑罰が犯人を威嚇する度あいは、立法者が考えているより遙かに弱いものであって、その理由の幾分は犯人自身が精神的に罰を要求するからです。」

作者の意図がこのように、完全に実現した例は少いといえましょう。と埴谷さんは書かれていますが、全くです。
しかし、最近の犯罪は、こういう部分が欠如している気が・・・。
また、『白痴』の章では、以下のように書かれています。

ドストエフスキイの小説は、殊に『罪と罰』以後そうでありますが、或る事件がすでにはじまっている真っただなかに主人公が登場すると、息もつけぬほどひきつづいて事件が起ってゆくといった時と場所と人物の驚くべき集中性を特徴としてもっております。そこにあるのは文学的時間というべきもので、とうてい一日で起らないようなことが一日で起り、数分間のこともさながら数時間に匹敵する長い頁数にわたって書かれております。

いやはや、実に適確です。だから最初はかったるくても、ある程度まで読み進むと、すんごい勢いでガーーーッと読めてしまう所があります。(『悪霊』なんかそうだった記憶が。)

◆悪霊◆

同じくカトコフ宛てに『悪霊』の詳細についても手紙を書かれています。また『作家の日記』には、以下のように書かれているそうです。

私はあの小説『悪霊』の中で、この上もなく純潔な心を持った、きわめて正直善良な人々でさえも、かような身の毛もよだつ悪霊のなかに巻き込まれて行く、その多種多様をきわめた動機を描き出そうと試みたのである。」

オウムを思い出すなあ。

悪霊(上巻)改版
悪霊(下巻)改版

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埴谷雄高『ドストエフスキイ その生涯と作品』その2 2008.7.30

◆地下生活者の手記◆

 
地下室の手記改版

江川卓訳で『地下室の手記』というタイトルになったこの本、米川訳の時は『地下生活者の手記』でした。
 文学は、表面どういうかたちをとるにせよ、すべて自分の内面にかかわるのが鉄則でありますけれども、『死の家の記録』で描いたごとくに外面から見てゆくのと違って、いきなり内面を覗くという手法をとったこの作品は、そのモノログのすべてを「苦痛は快楽だ」という逆転したテーゼの適用と展開をもっておし通したところに際だった特色があります。
とありますが、その「逆転したテーゼ」が列記されてまして、全部引用したいところですが、ひとつだけ。

 三、 私達は、しばしば、自分の利益でない行動をとる。自分の利益でなく、不利を敢えて願うことがある。理性、名誉、安泰、平和にそむいて、あるときはそうでなければおさまらないのである。

わかる気がする~~苦痛が快楽に変わるメカニズムを、脳医学的視点から知りたい気もします。
次回へつづきます。



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埴谷雄高『ドストエフスキイ その生涯と作品』その1 2008.7.29

これ、当然絶版かと思ったら、まだあるんですね!↑
実は、読もう読もうと思いつつ、埴谷雄高は1冊も読んでいないのですが(^^;)、なにげに難しそうなイメージが。ところがこの本は実にわかりやすく、ドストエフスキーの生涯、作品が書かれた背景、その時の周りの人達のこと等々、実に実に興味深く有り難い本でした。

近代アナーキズムの祖述者であり、また、ロシア文学の柔軟な理解者であったと紹介されているピーター・クロポトキンという人に、以下のような記述があると紹介されています。

「かれは非常に迅速に書いたからして、ドブロリューボフの指摘したとおり文学形式は多くの点で批評以下である。主人公は冗長な話し方をし、絶えず独語を繰り返し、主人公が小説で話している場合にも、作者が話していると感じる。(殊更に『虐げられし人々』はそうだ)。のみならず、これらの重大な欠点に加えて、極端に浪漫的で陳腐な形式のプロット、無秩序な構成、事件の不自然な連続―後年の作品に瀰漫した癲狂院の雰囲気について触れないにしろ―を数えなければならない。それにもかかわらず、ドストエフスキイの作品には非常に深い現実観が浸透していて、もっても非現実な性格とならんで、われわれが熟知している現実的な性格を感じ、以上のあらゆる欠点を救っているのである。」

いやはや、なかなかきびしい意見なのでありますが、かなり適確な感じがします。
このドブロリューボフとドストエフスキーは、しばしば論争をしたそうです。
ドブロリューボフの「芸術は人生に奉仕しなければならない」という意見に対し、ドストエフスキーはこう述べています。

「芸術はつねに現代的である。それ以外のものとして存在したことはなかったし、これが重要なことだが、存在することができないのである。もし芸術が、古い作品、古典文学にふけっているとすれば、その古典文学は今なお必要だということの証明なのである。それゆえ、最も肝要なことは、芸術にはいろいろな法則を押しつけないこと、人生の必要とか、制作上の必要とかいうことを押しつけないこと、芸術独自の道を歩かせること、そのことが必要である。もし芸術が自分の道を失うとしても、直ちに引き返えして、人間の最後の要求に応ずることは間違いない。美は基準であり、健康であり、つねに人類の理想の部分なのである。」

次回へつづきます。

その他ドストエフスキー作品、関連本の感想こちらから~



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江川卓『ドストエフスキー』その2 2008.7.27

◆カラマーゾフの兄弟◆
次の箇所を読んで、スメルジャコフの行為を、にゃるほど!と理解したのでありました。

しかし知識人イワンは、ここでスメルジャコフを見損なっていた。たしかに彼は「肉弾」になるかもしれない。しかしそれは、「神の創ったこの世界を認めない」という反逆の哲学を吹きこまれ、その「反逆」のたんなる実行行為者となるためだけではなかった。彼には明確に自立した意志があった。イワンをも含めて、自分を差別してきたカラマーゾフ家の人びとへの報復、またそのような「地主」一家を支えてきたロシアへの報復が、彼の意志であった。

確かにスメルジャコフは、カラマーゾフ家に見事に復讐を果たしましたよね。
最後に「あとがき」より、中学生の頃に読みふけったドストエフスキーを、「ステパン氏」という、あまり愉快でない綽名をつけられた事をきっかけに、ロシア語の原書で読み返した江川氏の、あれほど細かく謎とき本で紹介してくださった、その思いが伝わる文を紹介して終わりにします。

 そうこうするうちに、私の関心はしだいにドストエフスキーの小説テキストへの関心に収斂されていった。まず、借金と〆切に追われた「悪文」というドストエフスキー神話の一つが崩れ去った。とんでもない。これは、無意味なデテールや無駄な言葉が、ほとんど皆無に近い、驚愕すべきテキストなのだ。文字どおり一つ一つの言葉、その多義的な意味と文体の背後に、神話、フォークロア、古今の文学、時事問題にいたる、広大な地平の存在が実感できる。そしてそこに、おのずと多層的、立体的な小説世界ができあがっている。
 ドストエフスキーのテキストのそのような魅力を、私はこの本でもまず第一に伝えたかった。そこでI章では、そういう小説テキストの成立の契機に、しつこいくらいこだわってみた。?章では、日本にあまり馴染みのないロシアの神話や民族の紹介に比重をかけたが、これは、ドストエフスキーの小説テキストを新しく読み解くための、いわば基礎的なコード・ブックを提供したつもりである。?章は、広い意味で「ドストエフスキーの時代」とでも言うべきものが、文学にとっても、現代の現実にとっても、まだまだ終っていないことを確認するために書かれた。




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江川卓『ドストエフスキー』その1 2008.7.25



興味のない方にはうんざりかもしれませんが(^^;)、またまたドストエフスキー、しかも江川卓です。
岩波新書の江川卓著『ドストエフスキー』。
謎とき本とかぶる所が多く、全体的にも謎とき本的な内容でした。(謎とき罪と罰、謎ときカラマーゾフの兄弟、感想UPしてます。こちらから飛んでくださいませ。)
謎とき『罪と罰』
謎とき『カラマーゾフの兄弟』
謎とき『白痴』
なので、謎とき本を読んで間もない事もあり、繰り替えしになってだるい部分もありました。そんな中、次の文などには頷かされました。

ドストエフスキーの場合、深刻と滑稽は紙一重、両者のミックスにこそ真骨頂が求められるのかもしれない。

全くその通りだと思います。

◆悪霊◆
一八七〇年十月九日付のアポロン・マイコフへの手紙が紹介されているのですが、これが悪霊のテーマを語っている大変貴重なものなので、ご紹介しておきます。

「(福音書と) そっくり同じことが、わがロシアでも起りました。悪霊たちはロシア人から出て行って、豚の群の中に、つまりネチャーエフやセルノ・ソロヴィヨヴィチといった連中の中に入ったのです。彼らは溺れてしまったし、でなくても確実に溺れ死ぬでしょう。そして、悪霊たちが出て行って病いが癒えた人は、イエスの足もとに坐っているのです。そうならないわけがありません。ロシアは、自分たちが食べさせられたあの汚らわしいものを吐き出してしまったのですし、そうやって吐き出されたならず者どもの中には、もう言うまでもなく、ロシア的なものなど何も残っていません。友よ、銘記してください―自分の国民と国民性を失うものは、祖国の信仰と神をも失うことになるのです。さて、言ってみれば、これが私の長編のテーマにほかなりません」

次回へ続きます。



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ドストエフスキー『地下室の手記』その3 2008.7.24

 
地下室の手記改版

この小説の名無しの主人公の言葉で、実に鋭くおもしろいと思ったのを引用します。

ハイネは、正確な自叙伝なんてまずありっこない、人間は自分自身のことではかならず嘘をつくものだ、と言っている。

次のなんぞもわかる~~!こういう皮肉な言い回しが好きです。

やつのきれいになでつけたブロンドの頭でもいい、精進油を塗りたくって額の上にふくらましている前髪でもいい、いつもV字型に結んでいるしかつめらしい口もとでもいい、どこを見たって、この男が一度として自分に対して疑いをいだいたことのない人間だということは、一目でぴんときた。

そして、いくら偽善者ぶったって、結局は誰もがこんなものでしょ、と思えた次の箇所など、自分としては、なかなかスカッとするものでありました。この引用で終りにします。

ぼくに必要なのは安らかな境地なんだ。そうとも、人から邪魔されずにいられるためなら、ぼくはいますぐ全世界を一カペーカで売りとばしたっていいと思っている。世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって? 聞かしてやろうか、世界なんか破滅したって、ぼくがいつも茶を飲めれば、それでいいのさ。

まあ、世界の破滅はそりゃ困るわけですが。
美味しいもの食べてお茶やビールなど飲みながら、ニュースを見て嘆いているわけです。

その他ドストエフスキー小説の感想はこちらから~



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ドストエフスキー『地下室の手記』その2 2008.7.22

 
地下室の手記改版

今回の再読で感じたのは、カフカ的なユーモアです。(カフカいろいろ書いてます。こちらから。)
え~?なんで?何故それをしてしまう?な所の多いこと!
そして、こうしてやる、と思いながらも「勿論そうしなかった」記述の可笑しいこと!
最近、ドストエフスキーを何冊か再読して、カフカへの影響を強く感じました。どちらも悲しいユーモアに満ちているんですよね。

それから、リーザが来たら困ると思いつつも期待して待ってしまい、いざ現れたら、すんごいうろたえる所なんて、地下室人が愛おしくなってしまいますね。すごくわかるし~~
ラストも最高に好きです。

江川卓が、謎ときシリーズで「ラスコーリニコフの先輩」と書かれていたと思うのですが、あらゆる大作の基本となる大変貴重な小説であることが「あとがき」に書かれています。

 一八六四年、作者が四十二歳のときに書かれ、発表された中編『地下室の手記』は、さまざまな意味でドストエフスキーの文学に転機を画した作品と考えてよい。この中編を「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と呼んだジッドの言葉は有名だが、たしかに『地下室の手記』を経過することなしには、『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』とつづく彼の後年の大作群は、いま見るような形では存在しえなかっただろう。極言するなら、ドストエフスキーは十九世紀ロシアのすぐれた一作家というに終り、世界のドストエフスキー、現代にも生きつづける永遠の作家ということにはならなかったろうと思われる。

同じく「あとがき」で紹介されている、この作品の10年後、ドストエフスキーが『未成年』の創作ノートに書かれた言葉が、この作品を物語っています。以下引用。

「私は、ロシア人の大多数である真実の人間をはじめて描き出し、その醜悪な、悲劇的な面をはじめて暴露したことを誇りに思っている。悲劇性はその醜悪さを意識しているところにある……苦悩と、自虐と、よりよいものを意識しながら、それを獲得することが不可能な点に、また、何よりもそういう不幸な連中が、みんなそんなもので、したがって、自分を攻めるまでもないと明瞭に確信している点に存在している地下室の悲劇性を描き出したのは、ただ私だけである……偏見をもたぬ未来の世代はこのことを確認するだろうし、真実は私の味方にちがいない。そのことを私は信じている」

その3につづきます。



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ドストエフスキー『地下室の手記』その1 2008.7.20

 
地下室の手記改版

◆深い深い孤独の底に陥っている人は読むべし!◆

ドストエフスキー小説の特徴として、過剰さ、ユーモア、独り言等があると思いますが、そういう特徴が非常にわかりやすく表現されているのが、この『地下室の手記』だと思います。
その独り言たるや!独り言の小説と言っても良いでしょう!
最初に読んだ時には、大変共感したわけでして、特に「道を通る時に人とぶつかりそうになると自分からよけてしまう」所は多大な共感でした。世の中には、常によける人と絶対よけない人と2種類いる気がするんですが。以下引用です。

〈どうしておまえのほうがよけて、彼のほうはそうしないのだ? 何もこんなことに規則があるわけもなし、法律できまっているわけでもないだろう? ひとつ対等に、つまり礼儀正しい人間同士が出合ったときのように、ふつうにやればいいじゃないか。向うが半分譲ったら、こっちも半分譲って、おたがい敬意をはらいあってすれちがえばいいじゃないか〉しかし、そうはならなかった。道をよけるのはあいかわらずぼくで、彼のほうは、ぼくが道を譲っていることにも気づかぬふうだった。

実に癪に触るのですが、しかし、実際は小さなことではないっすか。こういう小さな事が、「よけない」事を実行する為に服装の心配までしたり、夜も眠れなくなる程の大事に発展する所が、この小説のおもしろい所です。
それから、ここなど。

彼は四十年間もぶっつづけに、自分の受けた辱めを、その最も微細な、恥ずかしい点にいたるまで思いだしつづけ、しかも思いだすたびに、いっそう屈辱的なデテールを自分から勝手につけたしては、おのれの空想で意地悪く自分を愚弄し、いらだたせる。自分で自分の空想を恥じる結果になるのが目に見えているのに、それでもいっさいを思いだし、こねくりまわし、可能性としてはこんなことだって起りえたはずだなどという口実で、つぎからつぎへと途方もないそらごとをひねくりだしては、何ひとつ容赦しようとしない。

美輪明宏河合隼雄の本に、よく、不幸の数を数え上げて自ら不幸になっている、みたいな事が書かれていたと思うのですが、それともちょっと似てるかも。もっと自虐的でマゾヒスティックに徹底していますよね。
そこまで自分を痛めつけずにいられないのが、地下室人でありまして。この先の文がまた好きです。

なるほど、復讐もはじめないわけではないが、そのやり方がいかにもこせこせと首尾一貫しない、いわば犬の遠ぼえ、匿名投書式のもので、いったい自分の復讐の権利を自覚しているのか、成功の見込みを持っているのか、それさえおぼつかない有様なのだ。というより、意趣返しなんぞに血道をあげたところで、結局は、復讐の相手より当の自分が百倍も苦しむだけの話で、相手は、おそらく、痛くもかゆくもないだろうことを、あらかじめ承知しているふうなのである。

ここなんぞも、若い頃の自分は共感でした。

まだ十六歳の少年だったくせに、もうぼくは気むずかしい目で彼らをながめては、内心、呆れかえっていた。すでに当時から、彼らの考え方の浅薄さが、彼らの勉強や、遊びや、会話のばかばかしさが、ぼくには不思議でならなかった。―中略― ぼくは知らず知らず、自分より一段下の人間と見るようになった。―中略― また、お願いだから、もう胸がむかつくくらい聞きあきた紋切型の反論をぼくに並べたてることもよしてほしい。

次回へ続きます。
ちなみに新潮文庫 江川卓訳での再読でした。 光文社古典新訳文庫が気になります。この表紙はほんと嫌い~~



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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』3巻 その2 2008.7.18

こちらから続きまして・・・
一方、やはりこの訳、この日本語どうなのかなあ? な部分がいっぱいありまして(^^;)、いちいち引用はしませんが、巻末の「読書ガイド」での「あらすじ」のまとめかたは、なかなか見事なのでありますが、こんな所がどうにも気になる訳でして・・・。

「ぼくが何をしたっていうの?」と詰めよるアリョーシャに、少年はいきなり―以下略―

イリューシャがアリョーシャの指に噛みつくシーンですが、「詰めよった」のではないですよね?
そりゃ原文読めるわけではないので、そこは確かめる事は出来ませんが。
こういうニュアンスって結構大切だと思うんです。要約とは言え慎重に訳すべきだと言うと、生意気ですかね。
ここも。

金に目がくらんだ二等大尉は、初めは大喜びするが、

スネギリョフのシーンですが、喉から手が出るほどお金が必要で欲しかった事は間違いありませんが、「目がくらんだ」って何か違うんでねーの?と。
この「読書ガイド」は、実に豊富なロシアに対しての知識を見せています。興味のある方には貴重なものかもしれません。先訳に挫折しまくった方が、ここまで細かい事を読もうと思うかは疑問ですが。

余談ですが、私、なんとなく彼らの星座を考えてみたんです。結果、

 フョードル  牡羊座
 ミーチャ   獅子座、又は牡羊座 (フョードルと性格クリソツな気が)
 イワン    山羊座
 アリョーシャ 魚座

いかがでしょうか。フョードルとイワンは結構自信ありです。(笑) もしかして誕生日がわかる記述もあったりします? ちとそこは調べてないんで…江川先生などがご健在だったら即答だったりして。

カラ兄弟は私はこちら↓をオススメします。この改版の表紙はイマイチだと思うんですが・・・

  


    

  

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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』3巻 その1 2008.7.16

ゾシマ長老の腐臭から始まる3巻。
カラ兄弟の読者は、だいたいがイワン派とアリョーシャ派に別れると思うのですが、(ミーチャ好きな方もおられると思いますが、圧倒的にイワンとアリョーシャではないかと…)
そして、アリョーシャ派はやはり、ゾシマ派でもあるのでしょうか。
私は絶対的にイワンだったんです。大審問官こそがカラ兄弟だと思いましたし、フェラポンド神父にも共感でしたし、ゾシマは偽善者としか思えませんでした。
1巻でのフョードルのセリフも、まさに!と思いましたし。
そんなゾシマも、ミーチャに対する予言的な態度とか、タダの偽善者ではないな、と思える箇所もたくさんあります。
「人々は心義しい人間の堕落と恥辱を好む」という長老の言葉も、なかなか鋭いですよね。そして、まさにこの通りの事が起こるのです。

そして、この巻はミーチャが主役的役割りを果たします。
3巻は、ドストエフスキーのユーモア全開という感じがしました。
ミーチャはフョードルととても似ていると思うのですが、フョードルと同じく、ミーチャも道化そのものという感じがしますし、そのミーチャの「予審」と、ホフラコーワ夫人のおしゃべりには爆笑です。
ドストエフスキーのユーモアというのは、人間の滑稽さだったり、過剰さだったりすると思うのですが、ズバリな受け答えをなかなかしない「もどかしさ」の可笑しさもありますよね。
とにかく無駄話が多い。(笑)
読んで行くうちに、忘れていた事が次々と思い出されたのですが、ネタがわかっていても、ホフラコーワ夫人とミーチャのやりとりなど可笑しいです。
ポーランド人2人も良い味出しているし、見事な盛り上がりを見せ、楽しく読めてしまうと思います。
そして、話の切り方が実に上手い、というのが新たな発見でした。
スティーヴン・キングの『IT』のような手法が、100年以上前に既に使われていたんです。(『IT』では時代が交差するという意味では、ちょっと違うのですが。)

次回へ続きます。


    

  

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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』2巻 その4 2008.7.15

今を予言しているかのような以下の文には、ビックリでした。

「いま、とくにこの十九世紀になって、世界のいたるところに君臨している孤立ですよ。ですが、孤立の時代はまだ終わっていませんし、その時期も来ておりません。というのは、いまでは猫も杓子も自分をできるだけ目だたせることに夢中ですし、人生の充実を自分一人でも味わいたいと願っているからです。ところが、そうしたもろもろの努力の結果生まれてくるのは、まぎれもない自己喪失なのです。

ちなみに原訳ですが・・・

「現在、それも特に今世紀になって、いたるところに君臨している孤立ですよ。でも、その時代は終っていませんし、終るべき時期も来ていません。なぜなら今はあらゆる人間が自分の個性をもっとも際立たせようと志し、自分自身の内に人生の充実を味わおうと望んでいるからです。ところが実際には、そうしたいっさいの努力から生ずるのは、人生の充実の代りに、完全な自殺にすぎません。

これは「自己喪失」の方がピンと来ました。

以下のゾシマの言葉は、逆なんでねーの?って気が。
世界の歴史で、キリスト教がらみの戦争や虐殺がどれほど多いことか・・・。

 たしかに彼らは、夢とも幻ともつかぬものをわたしたち以上に持っている。公正な社会を作ろうと考えてもいるが、キリストをしりぞけてしまえば、結局のところ、世界じゅうが血の海となるよりほかない。なぜなら、血は血を呼び、剣を抜いた者は剣によって滅びるからだ。そして、もしキリストの約束がなければ、彼らは、地上の最後の二人となるまで、たがいを滅ぼしあうだろう。それにこの最後の二人は、自分の傲慢さからたがいを鎮めることができず、ついには最後の一人が相手を滅ぼし、あげくの果ては自分をも滅ぼすことになるのだ。


    

  

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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』2巻 その3 2008.7.14

以下のイワンの問いは、『罪と罰』のラスコーリニコフのばーさん殺しでは、人の害になってるだけのダニのような人間を殺して大勢が救われるなら・・・という思想がありましたが、もし、そういう人ではない人の場合は? ・・・と『罪と罰』の発展系の気がします。

かりにおまえが、自分の手で人類の運命という建物を建てるとする。最終的に人々を幸せにし、ついには平和と平安を与えるのが目的だ。ところがそのためには、まだほんのちっぽけな子を何がなんでも、そう、あの、小さなこぶしで自分の胸を叩いていた女の子でもいい、その子を苦しめなくてはならない。そして、その子の無償の涙のうえにこの建物の礎を築くことになるとする。で、おまえはそうした条件のもとで、その建物の建築家になることに同意するのか、言ってみろ、嘘はつくな!」

ちなみにココも、私には原訳のほうが、わかりやすかったです。以下引用。

かりにお前自身、究極においては人々を幸福にし、最後には人々に平和と安らぎを与える目的で、人類の運命という建物を作ると仮定してごらん、ただそのためにはどうしても必然的に、せいぜいたった一人かそこらのちっぽけな存在を、たとえば例の小さな拳で胸をたたいて泣いた子供を苦しめなければならない、そしてその子の償われぬ涙の上に建物の土台を据えねばならないとしたら、お前はそういう条件で建築家になることを承諾するだろうか、答えてくれ、嘘をつかずに!」

「もう」もそうですが、「なにがなんでも」もいらない気が・・・。
命令形の後の敬語にとっっても違和感があった次の箇所。

『食べさせろ、なぜなら、天の火を約束したものはそれを与えてくれないからです』

んで原訳です。

《われわれに食を与えてください。天上の火を約束した人が、くれなかったのです》

次は逆バージョンです。これでも正しいのかなあ、とも思うのですが、どーもひっかかったもので。

 敬愛する神父さま、先生方、わたしは遠い北国のとある県のVという町に、名門でもなければ、さほど官位も高くない貴族を父として生まれた。

原訳です。やはり自然。

 愛する神父諸師よ、わたしは遠い北国のさる県のV町で、名門でもなければさほど官位も高くない貴族を父として生れた。

まだ続きます。


    

  

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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』2巻 その2 2008.7.12

予約待ち本だから早く返さなきゃいけないので、とっとと感想を書いてしまわなきゃなのに、ぜんっっぜん進みません。
検索などして、いろいろ見てるからなんですが・・・ココとか。

わたしたちひとりひとりは、地上のすべての人、すべてのものに対してまぎれもなく罪があるというゾシマの思想が、どーも私には好きになれないとゆーか…。過去に、この思想を現実に持ち出してきて、池田小学校の虐殺事件の犯人に対して、あなたも罪があるんですよ、と掲示板で言われたことがありました。(^^;;)

◆プロとコントラ◆

違和感のある箇所がたくさんあって、本に入り込んでいた所で中断されるって事が多かったのですが、これなんかも原卓也訳とくらべたら、微妙に意味が違いますよね。

調和なんておれはいらない、人類を愛しているから、いらないんだ。

次のは原卓也訳です。

俺は調和なんぞほしくない。人類への愛情から言っても、まっぴらだね。

「入場料をつつしんでお返しする」というイワンのセリフが大好きなのですが、なので近づいてきた時にはわくわくしつつキタ━q(゚∀゚)p━!!!!!!工エエェェ(´д`)ェェエエ工 ですた。

 だから、自分の入場券は急いで返そうと思ってるんだ。おれがせめてまともな人間だというなら、できるだけ早くそいつを返さなくちゃならない。だからおれはそうしているわけだ。おれは神を受け入れないわけじゃない。アリョーシャ、おれはたんにその入場券を、もう心からつつしんで神にお返しするだけなんだ。」

以下は原訳です。

だから俺は自分の入場券は急いで返すことにするよ。正直な人間であるからには、できるだけ早く切符を返さなけりゃいけないものな。俺はそうしているんだ。俺は神を認めないわけじゃないんだ。アリョーシャ、ただ謹んで切符をお返しするだけなんだよ」

「謎とき」から江川訳も引用しておきましょう。

ぼくは神を認めないんじゃない。アリョーシャ、ぼくはただ入場券をつつしんで神さまにお返しするだけなんだ」

まず、「認める」と「受け入れる」じゃ全然違うと思うし (原文の単語には両方の意味があるのかは、わかりません。誰かおせーて。)、「もう心から」の「もう」ってなに?って感じが・・・。

次回へ続きます。


    

  

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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』2巻 その1 2008.7.11

1巻の感想で、え~~どこが読みやすい訳?っつー事を書いたのですが、2巻に入ったら、あら、わかりやすい!スラスラと読めちゃいました。
ですが、どーにも違和感がつきまとってしまふ訳でして。
「それって」「これって」「とか」などのセリフが、どーも私には受け入れ難かったです。確かに、とっっても今風ではありますね。
うるさいおばはんだなあ、と思われそうですが、嫌なものは嫌なんです。
この言葉遣いをイワンでさえ使うんですから。

修道院を出るアリョーシャにパイーシー神父が言うセリフは、なるほどです。(こちらでも言及してましたが)

いまでは、俗世の学問はひとつの大きな勢力になり、過去一世紀はとくに、聖書に記されている尊い約束を、何もかも秤にかけてしまいました。俗世の学者たちの容赦ない分析にさらされた結果、かつて神聖とみなされていたものはもう何ひとつ残っていないありさまなのです。しかし学者たちは、部分の解明にばかり気をとられて、肝心な全体を見落とし、あきれるぐらい目先が利かなくなっているのです。彼らの目の前に、その全体が相変わらずびくともせず存在しているというのに。地獄の門、すなわち死の力もその全体は攻略できません。

スネギリョフ二等大尉は『罪と罰』のマルメラードフを連想します。あの「手品」のシーンは大好きです。そんなスネギリョフのセリフが実におもしろいです。

ないがしろにされながらも、高潔な心をもつ貧乏人の子どもというのは、生まれてまだ九つというのに、この地上の真理を知るものなんですよ。金持ちの子どもなんかには、一生かかってもこんな人生の深みを学びとることなどできやしません。

カラマーゾフの特徴のひとつに「好色」がありますが、この「好色」は「生」と深く結びついていると私は思うのです。
次のイワンのセリフを読みながら、そんな事を思いました。(「謎とき」の感想とかぶりますが…)

 この生きたいっていう願望を、肺病病みで洟ったらしのモラリストどもは、しょっちゅう卑劣だと言うんだな。とくに詩人どもがさ。でもな、この生きたいっていう願望というのは、ある面、カラマーゾフ家の特徴なんだよ。ほんとうなんだ。生きたいっていう願望はだな、だれがなんといったって、おまえのなかにもかならず棲みついている。なのに、どうしてそいつが卑劣ってことになる?
 おれたちの地球にはな、まだまだ恐ろしいくらいたくさん求心力が残っているのさ、アリョーシャ。おれは生きていたい、だからおれは、たとえ論理に逆らってでも生きるよ。世の中の秩序なんて信じちゃいないが、春に芽をだすあのねばねばした若葉がおれにはだいじなのさ。


ここの魚スープとサクランボのジャムのシーンは、忘れられない良いシーンです。

その他ドストエフスキーの感想こちらから。


    

  

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『ドストエフスキー曼荼羅』別冊 鼎談「ドストエフスキー」小沼文彦・江川卓・清水正 その3 2008.7.10

江川卓先生の謎とき話も語られていまして、(私の感想こらちから~) ここは是非現代の作家さんたちに読んで欲しい箇所です。

江川 やっぱりね、現在、小説書いているやつに言いたかったのね、ほんとのこと言うと。
清水 そうですよね。ぼくなんかでも思うんだけれど、たとえば何故――ぼくはずうーっと自分でも批評家のつもりでいるんですが、なんがぼくは現代小説を問題にしないのか、と。くやしくないのか、今小説書いてる連中は。あの連中はたちうちできない、と、ドストエフスキーにたちうちできないと思ってるから黙っているにちがいないんですよ。そうでなかったらくるはずですよ。俺のを読め、と。
江川 そうですよ。本気になって読みたい現代小説があるかないか、っていう問題が出てくるのね。
清水 おこるやつが出てこないというのがおかしいんですね。"『カラマーゾフの兄弟』を読んでる暇があってらなぜ俺の小説を読まないんだ" とどうしておこらないんだ、と。
江川 そうだよ。
清水 おこらないですものね。勝てる相手を選んでおこってるんですもの。これじゃやっぱりおかしい。


「勝てる相手を選んで」って、ネットでよく見かける光景だなあ、なんて思いました~~
ちなみに、この対談は、1986年11月のものです。
小沼文彦氏の思い出話も、ほんっっとに良くて、以下の電話での会話の箇所など、ほのぼのと笑えちゃいました。いや、笑い事じゃないかもしれないんですが・・・これを引用して終わります。

「いやあ、これは清水さんですから言いますが、実は私、ついにてんかんになりましてね。散歩の途中で倒れましてね、血まみれになって帰ったんですが、医者をしている兄に見てもらいましたらてんかんだって言うんですよ。私もドストエフスキーを長年、研究してきてようやくてんかんになりました……」こんなに嬉しそうに自分の病気について語る人も珍しい、というかいないであろう。わたしは変な気持ちになって小沼氏の言葉を聞いていた。ライフワークにしたドストエフスキーと同じ病気になったことがこれほど嬉しいとは。

これ買おうかなー。
ドストエフスキー 随想 著者: 小沼文彦

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『ドストエフスキー曼荼羅』別冊 鼎談「ドストエフスキー」小沼文彦・江川卓・清水正 その2 2008.7.7

「鼎談ドストエフスキーの現在」の最初、清水氏が「だんだん、こう飲むうちにおもしろい話も出てくると思いますので、現在女性にかわっても一向に構わないと思うんですね……」とおっしゃっていて5ページ目から早速女性談義が!
ドストエフスキーの処女作『貧しき人々』を、ワーレンカの悪女ぶりと、コケにされるジェーヴシキンに爆笑しつつ読み終えた私としては、ワルワーラ=悪説には大賛成、と言うか、勿論そうでしょ?という感じでした。
以前、私は、今のメールのやりとりに通じるものがある、と評したことがあります。ジェーヴシキンは書いているうちに、どんどん空想が理想が膨らんじゃって、舞い上がっちゃって、酔っちゃってますよね。だいぶ昔に読んだので、再読すれば、また違った感想が出てくるかもしれませんが。

それから『罪と罰』、ラズミーヒンとドゥーニャって良いカップルだと思ったんですが、ドゥーニャはまだわからないんですね、その、スヴィドリガイロフの魅力というものが。ところがラズミーヒンと結婚生活やっていくうちに、どんどん何かね、スヴィドリガイロフの魅力みたいなものがわかりかけてきたときが、こわいんじゃないかと思う。という清水さんの意見には、にゃるほど!おもろい!と思いました。
そこから、スヴィドリガイロフの奥さんのマルファの話になったり!
それから、『罪と罰』というタイトルは、意味としては『犯罪と刑罰』な訳でして、それを『罪と罰』とした所が名訳だというのも、ほんっっとにその通りだと思いました。タイトルの勝利でしょう!

まだ続きます。

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『ドストエフスキー曼荼羅』別冊 鼎談「ドストエフスキー」小沼文彦・江川卓・清水正 その1 2008.7.4

去年の10月だったか11月だったか、或る日、うちにあの清水正さんから茶封筒が届きました。いやあ、びっくらこいたっすよ~~。
ドストエフスキーに関するアンケートでして、おそらく、一時期よく行っていたドストエーフスキイの会から住所が行ってると思うのですが、そのアンケートに答えると、本がタダで貰えるっつー訳でして、後に本が2冊送られてきました。
『ドストエフスキー曼荼羅 学生と読むドストエフスキーの『罪と罰』』と、この別冊本でした。
『罪と罰』を再読するきっかけとなったのが、この本でした。(感想こちらから)
清水正さんと言えば、『場』ドストエーフスキイの会の記録I 1969-1973こちらから『阿部定を読む』の感想に是非飛んでみていただきたいのですが、そんな訳で、憧れの方です。
せっせと全部埋めてアンケートをファックスで送ったのですが、それが本に載る事は承知していたものの、統計的に載るものだとばかり思っていたら・・・名前入りで全部載っているのを見てガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン   でした。(大汗)
いやはや、どう書いていいかわからん箇所、ああ書くのではなかったと赤面でして、どうか誰も私の所は読まないでくれ~~と祈るばかりです。イヤン(/ ∇ "\)ハズカシイ
ああ、空白でも良かったんじゃん・・・と後悔しきり。
「手塚治虫版漫画『罪と罰』と原作『罪と罰』の違いを徹底検証」なんてのもあって、大変興味深く、しかしこちらは部分的にしか読めていないので、もう1冊の方の感想です。
『ドストエフスキー曼荼羅』別冊 鼎談「ドストエフスキー」小沼文彦・江川卓・清水正
すんごい楽しく読みました。いやはや濃いのなんのって!!深く解っている方たちならではのとんでもなく凄い対談ですよ。
「鼎談 ドストエフスキーの現在」 
「ロシア文学者・小沼文彦氏との三十年…清水正」
「幻の雑誌「露西亞文學研究」と米川正夫訳『青年』をめぐって…清水正」

どれも、おもしろかったです!
小沼氏の思い出話もじ~~んと来ちゃいました。
・・・と前置きだけでページを使ってしまい (汗汗)、次回へ続きます。

 

清水正研究室 on the web

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謎とき『カラマーゾフの兄弟』その5 2008.7.3

私はこのごろ、「勇気」というのは女性がより多く持っているのではなかろうかと思うのです。
先日読んだ『おせん』でも、そう思いました。(感想こちらこちら)
なかなかスパッとした決断や勇気って、男性は苦手ではないですか? (んなこたあない?)
そんな中、カラマーゾフ達は勇気があると思いました。
とても好きなドミートリイのセリフを2つ引用です。

「いいかい、おれはね、ほかでもないその虫けらなんだよ、これはわざわざおれのことを言ったものなんだ。いや、おれだけじゃない、カラマーゾフ一族はみんなそうなんだ。天使みたいなおまえの身内にも、この虫けらが住んでいて、おまえの血の中で嵐をまき起すんだ。これは嵐だよ、なぜって情欲というやつは嵐だもの、いや、嵐以上だもの!」

「だからおれは、深い、底なしの堕落の淵に惑溺するようなときには、いつもこのケレースと人間についての詩を読んだものなんだ。それでおれが正直に返されたかだって? そんなことは一度もなかったよ! なぜっておれはカラマーゾフだからだ。なぜって、どうせ奈落の底に落ちるのなら、いっそひと思いに、頭からまっさかさまに飛びこんでやれと思うからだし、ほかでもないそういう汚辱にまみれた形で堕ちていくことに満足をさえ覚えて、自分じゃそれを美とも感じるからなんだ」


そして、あのクールなイワンからも、こんなセリフが飛び出します。2つ引用です。

「たとえおれが人生を信じられなくなり、愛する女性に幻滅し、事物の秩序に疑念がきざしたとしてもだ、いや、その反対に、いっさいは無秩序な、呪わしい、ひょっとしたら悪夢そのものの混沌だという確信をもつにいたっても、人間の幻滅の無惨な結果に震撼させられるとしてもだ――それでもおれは生きていたい、いったんこの杯に口をつけたからには、それを底まで飲みほさぬかぎり、てこでも離れてやるものか!―後略―」

「―前略― ぼくは生きたい、だから、論理に逆らってでも生きるんだ。たとえぼくが事物の秩序を信じていないとしても、ぼくには春に芽を出すあの粘っこい若葉が貴重なんだ、青い空が貴重なんだ」


カラマーゾフは好色であるといいます。この好色というのさえ、生への渇望と結びついているのではないでしょうか。これは素晴らしい事だと思います。最高にカッコイイです。
そして、私も「カラマーゾフ万歳!」と唱和したくなりました。




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謎とき『カラマーゾフの兄弟』その4 2008.7.1

ラストは"カラマーゾフ万歳"で締めくくられているのですが、カラ兄弟と言えばイワンであり、大審問官であった私は、アリョーシャの重要さを教えられた感じがしました。
私には、ムイシュキンを通ってアリョーシャという主役が生まれたように思えます。そして、この小説は、アリョーシャの成長物語でもあるように思うのです。
そして、ムイシュキンは明らかにキリストをなぞらえている訳ですが、アリョーシャもまたしかり。そして、よりドストエフスキー本人が投影されている気がします。
あの有名な手紙の文「たとえ真理の外にあろうと、キリストと共にいたい」というドストエフスキーの気持ちは、まさにアリョーシャの気持ちではないかと思うのです。
大多数のカラ兄弟読者は、アリョーシャ派とイワン派に分かれると思いますが、また、アリョーシャのアンチテーゼとしての意味を持つ存在のイワンを理解しなければ、アリョーシャ理解も中途半端にならざるをえないと書かれています。

多分、次回で最終回です。




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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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