清水正『ドストエフスキー『罪と罰』の世界』その5 2009.6.28
私がこの小説の中で、最も好きなキャラが、ポルフィーリイとスヴィドリガイロフです。
こちらで引用したセリフなんて大好き。
清水さんも指摘されてますが、事実だけを追ってみますと、誰がいちばんエライって、スヴィドリガイロフなんですよ。実際に何人もの人を助けているのですから!
どれだけ善行を行なっても、こうまでうさんくさがれて嫌われるって、実に悲しいキャラです。
世の中結構こういうことってあるんですよね。
そして、読んでいて思ったのは、もしかしてラスコーリニコフは凡人ゆえに愛され、スヴィドリガイロフは非凡人だから愛されないのかもしれない、ということでした。
第十四章 スヴィドリガイロウの謎、冒頭を引用です。
スヴィドリガイロフとは何者か? この問いを最初に発したのはラスコーリニコフである。ラスコーリニコフにとってスヴィドリガイロフとポルフィーリイの二人は謎である。彼はついに二人の謎をとくことはできなかった。もしも仮りにラスコーリニコフにこの二人の存在の秘密が明らかになっていれば、『罪と罰』は今日のわれわれが考えるよりはるかに平板な物語になっていたはずである。論点をかえれば、スヴィドリガイロフとポルフィーリイの二人物のみが現代においても存在のリアリティを保持しているということである。
にゃるほど!ですね。それから…
スヴィドリガイロフを前にしたラスコーリニコフが殺人者でありながら、"善玉" の姿勢を崩そうとしないことに変わりはない。こういった手合、つまりポルフィーリイのことばでいえば「人を殺しておきながら、自分を潔白な人間だと思って、他人を軽蔑し、青ざめた天使のような顔をして歩きまわっている」手合こそ "卑劣感" と呼ぶにふさわしいであろう。
いやはや、このポルフィーリイのセリフはほんっっとに見事で、小説内で既にラスコーリニコフの正体暴いているんですね。
そして、スヴィドリガイロフ=幽霊説が印象的でおもしろかったので、そういう視点で、また再読しなきゃならないかな…と思っています。(もうキリがにゃい~~)
次の「第十九章 スヴィドリガイロフと『オルフェ』の死の女神」もおもしろかったです。
コクトーの『オルフェ』もまた見ないと。
(コクトーは小説『大胯びらき』の感想だけ書いてました。)
クリックよろぴくー。

