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『世界幻想名作集』澁澤龍彦 編 その4 2005.7.9

この本のはじめに「幻想文学について」と題する、澁澤龍彦の文が出ています。
以下、そこから引用。

日本の中世にも、鬼や天狗の出てくる『今昔物語』や『御伽草子』があったように、ヨーロッパの中世にも、悪魔や魔女や巨人の出てくる妖精物語や奇蹟譚や伝説集があったのである。しかし、それらの寓話や伝説の世界と、近代の幻想小説の世界とでは、明らかに雰囲気が違っている。どう違うのかというと、前者は一種の魔法の支配する世界であって、奇蹟や変身が次々に起ったり、恐ろしい怪物が次々に現れたりするが、結局のところ、その世界は調和の保たれた、超自然の法則で統一された単純な世界でしかなったのだ。
 これに反して、近代の幻想小説の世界では、幻想や恐怖が宇宙の統一を破って、現実に侵入してくるのである。


には、にゃるほど~確かに。

ラストには「幻想美術の流れ」と題する文が出ているのですが、これが実におもしろい。
悪魔の変貌ぶりについて、引用です。

キリスト教美術では、悪魔は最初、誘惑の蛇として表現された。それが初めて人間の姿として現れるのは、六世紀以後である。しかしその人間の姿をした悪魔も、最初のうちは恐ろしいものでも何でもなかった。聖書の記述によれば、サタン (魔王) とは、神に反逆して天から追放された天使だったので、たとえ堕落したとしても、その天使的な名残をまったく失ってしまうことはなかったのである。
 事情が一変するのは、いわゆる西暦1000年ごろからである。この年は、キリスト教の至福千年説による世界絶滅と「最後の審判」の年にあたり、俗に「1000年の恐怖」と呼ばれて、ひとびとがこの世の終末に恐れおののいた年だった。修道院で禁欲生活をしている修道僧たちは、いずれも被害妄想的な不安におののき、悪魔の幻影におびえるようになった。こうして美術の領域においても、真に恐ろしい、グロテスクで醜悪な悪魔のイメージが造形されるようになったのである。十一世紀から始まるロマネスク寺院の石造彫刻には、じつに奇怪な姿をした各種の悪魔を見出すことができる。


また、ある美術史学者の意見によると、当時のヨーロッパの悪魔が蝙蝠のような膜質の翼をもっているのは、オリエントからの影響で、起源をたどって行けば中国の南北朝時代の仏教美術に到達するという。のだそうです。

好きなゴヤについての記述があったので引用。

 ゴヤは十八世紀の画家で、ゲーテやサド侯爵の同時代人だったということをおぼえておいても無駄ではあるまい。つまり、フランス革命を境として、十九世紀になだれこむ時代のターニング・ポイントに立っていたのである。それかあらぬか、ゴヤは人間の内部にひそむ悪魔的な欲望を、初めて白日のもとに引っぱり出すことのできた、まったく新しい目をもった幻想画家だった。近代の幻想画はゴヤから始まるといってもよいであろう。

人間の内面まで見抜く、ゴヤの視線の鋭さはスゴイっすよね。

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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