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澁澤龍彦『サド侯爵の生涯』その2 2005.11.5

澁澤は、マルキ・ド・サドの生涯は、一七九〇年にシャラントンを出所したところで終わったのだ、と見るべきであろう。その後、身の置きどころを知らぬ肥満した老体を持ち扱いながら、ふたたびパリの舗道をおぼつかない足どりで歩き出した五十歳の人物は、もはやサドではない別の人間である。と書いています。
サドの人生を思うと、可哀想でなりません。
こんなに長い間牢獄に入れられる程の事をしたのではないのですから。義母のしわざだったんですよね。気の毒ったらありゃしない。
しかし、その義母をも、サドは後に助けようとするんです。サドの持つ寛容さ、やさしさには、胸を打たれます。

そして、ココにも書いたので、引用は省略しますが、カフカは、自分の原稿を焼き捨てるように、友人マックス・ブロートに遺言しましたが、サドは、自分自身を人々の記憶から消し去りたいと望みました。
しかし、獄中で書いた原稿は、とてもとても大切に思っていたのです。ルネ夫人がマックス・ブロートのような人だったら良かったのですが、彼女は、獄中の原稿を取りもどしてほしいと言うサドの言う事を聞かず、多くの原稿が失われてしまったのは、実に実に残念でなりません。
次の文を引用して終わります。

 かつて、わたしは印刷にまわすべき十五巻の書物の原稿を持っておりました。ところが、牢獄を出た今、原稿はやっと四分の一しか残っていないのです。サド夫人の許すべからざる怠慢により、一部分は失われ、一部分は持ち去られました。十三年間の苦心も水の泡です ! 原稿の四分の三は、バスティユのわたしの部屋に残してありました。七月四日に、わたしはシャラントンに移されました。そして十四日に、バスティユは占領され、破壊され……わたしの原稿は六百冊の蔵書とともに、引き裂かれ、焼かれ、持ち去られ、略奪されて、もはやその一片も取りもどすことが不可能になったのです。これすべて、サド夫人の純然たる手抜かりのせいです。わたしの財産を取りもどすのに、彼女には十日も余裕があったはずです。十日間も武器や弾薬や兵士を詰めこんでいたバスティユの要塞が、民衆の攻撃目標になるだろうということぐらい、彼女にも当然察しがついたはずです。それなのに、いったいなぜ彼女は、わたしの財産を、わたしの原稿を、急いで運び出してはくれなかったのでしょう? 失われたわたしの原稿に、わたしは血の涙を注いでいます ! ……寝台やテーブルや箪笥はふたたび求めることもできましょう。しかし、思想は二度と取り返し得ないのです……

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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