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マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(再読) その3 2006.1.16

◆サドの無神論思想◆

ニーチェもサルトルもいなかった200年以上前に、サドは実に見事な無神論を展開しています。p.227より引用。

世界じゅうのあらゆる天啓宗教が、摩訶不思議の教養とか、非常識な原理とか、信じがたい奇跡とか、理性を混乱させるためにのみ作られたかのような、驚くべき物語などにみちみちておる。それらはすべて、神というものが隠れたものであって、神の存在は神秘的なのだと語っている。神が行なったと言われている行動も、この神の本質そのものと同様、いちいち理解を絶するていのものだ。もし神が存在していたとしたら、そもそもこんな謎めいた言葉で語る必要がどこにあったのだろう? 神秘しか語らないために姿をあらわすということが、いったいどんな意味になるのだろう? 宗教が神秘めいたものになり、理性にとって信じがたいものになればなるほど、あいにくなことに、宗教はそのなかに不断の糧を見いだすひとびとに愛好されるようになる。要するに宗教は晦渋になればなるほど、神聖になる。つまり、わけのわからぬ隠れた存在としての性格に適合するようになる、というしだいだ。

◆最近の犯罪との共通点◆

ここ10数年ぐらいの殺人事件って、理由なき殺人が多い気がします。相手は誰でも良かったとか。
200年以上前に書かれたこの小説に、最近の事件との共通点を感じてしまいました。p.478より引用。

「しかしおいらとしては、残酷なやり方をもちいるのでなければ、あいつらを殺したってしかたがないと思うね。必要によって盗んだり殺したりするのは、もうあきあきしたよ。ここらでひとつ、悪意によって、趣味によって、殺人をやりたいものだなあ。世界中の人間が、おれたちの犯した罪を知って、戦慄してくれないものかなあ……人類が、おれたちと同じ種類であることを恥じ入るようであってほしいね。そして、この罪を世界に証明するために記念碑が建設され、おれたち自身の手によって、その記念碑におれたちの名前が刻まれればよいと思うよ」

  

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
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