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マンディアルグ『ボマルツォの怪物』その2 2006.3.3

◆黒いエロス◆
エロティシズムに関するエッセイです。マンディアルグのエッセイはバタイユみたいにコ難しくなくて、そんでもって彼の美学、思想が明確に伝わってきて、なかなか良いと思います。
「エロティシズム」という言葉に限らず、共感しまくりな1文を。

ともあれ言葉が (あまりに) 大流行するとき、私が懸念するのは、その意味するものが各人にとって同一ではなくなるのではないかということ、さらに言葉がすべての者の目に、同じ輪で限界づけられなくなるのではないか (言葉は水に投ぜられた小石のように輪を描くものである) ということなのである。私は、言葉が不幸な運命、言葉というものに起こり得る最悪の運命を知ることになるのではないか、そして痛ましくも、すべてに通じる符牒のようなものになってしまうのではないかと思う。それはやがて傷だらけになり、もはや精彩もなくなり、ほとんど無意識の言葉になってしまうだろう。

是非ココのレオノール・フィニーの所を読んでから、次の引用を読んでみてください。

仮面は夜の門番なのだ。それは狭い入口から、君がもはや君自身ではない別世界に、君をもぐりこませてくれるのだ。

◆ジュリエット◆
マンディアルグが、サドをいかに敬愛しているか、そして、実に正しく鋭い見方をしているかがわかります。
(こちらの『悪徳の栄え』も是非あわせて御覧くださいませ。)
ジュリエットはサド作品に出てくる女性の中では、抜群に活き活きと描かれていると思います。
そして、妹のジュスティーヌについて、にゃるほど、確かに ! と唸らされた1文を。
『美徳の不幸』のラストのネタバレ (と言っても有名なラストですが) ありです。
(ジュスティーヌに関してはこちらの『美徳の不幸』の所を是非。)

彼の書物は善と悪とをほとんど対立させていないのである。なるほどジュスティーヌはジュリエットに対立しているが (ジュスティーヌはその『栄える』姉の前に屈従させられるが)、ジュスティーヌは聖女として、あるいは通俗的な言い方をすれば善の天使として認めてもらうわけにはいかないのだ。私たちが彼女のなかに認めるのはむしろ愚かな女、自分がどんな場所にいるかを一向に知らず、自分が出遭うひとたちの正体を見抜くことができず、自分がどんな目に遭おうとしているかをまるで理解することができない、あわれな馬鹿女でしかないのである。善の聖女ならばまた別の態度、また別の高貴さを備えているはずで、サドとしても、あの草食獣の横顔をもった女の弱さを相手にしている時ほどには、気楽な気分でいるわけにはいかなかったにちがいない。なにしろこの女ときたら、なぐられたり、いじめられたり、辱しめられたりする以外には何の役にも立たず、あげくの果てには天の雷によって、語り手の前からも読者の前からも、都合よく厄介払いされてしまうという女なのである。

 

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テーマ : エッセイ/随筆
ジャンル : 本・雑誌

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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