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バタイユ『エロティシズムと死の誘惑』その1 2006.4.25

O嬢の物語 (再読)の所で、「後に読んだ本で、これはO嬢を共有する2人の男の同性愛の話だという説がありましたが、結構同感だったりします。」と書いたのですが、忘れていましたが (^^;)、それはこの本に出ていたのでありました。
『バタイユ作品集 マダム・エドワルダ』の最後に入っている、バタイユの講演と討論です。
討論会の司会はジャック・ナンテ。出席者は、アンドレ・ブルトン、ハンス・ベルメール、アラン・キュニー、エンリコ・フルキヨニ、ダニエル・ゲラン、アド・キルー、ジャン・ヴァール その他です。ブルトンはぜんぜん発言してません。

 司会者----アンドレ・ブルトン氏から文学とエロティシズムについてお話しねがえませんでしょうか?
 アンドレ・ブルトン氏----いや。準備しておりませんので、無理だと思います。


だって。(笑) ハンス・ベルメールも同じくです。
バタイユの講演は、相変わらずひじょーに難しいものだったと記憶してますが (読んでから日数が経ってしまって、ちとうろ覚え) 討論は、なかなかおもしろかったです。
O嬢について言及された部分を引用して終わります。

 ド・ラ・シュヌレ氏----私にヒントを与えてくれたのは、サドの全作品をはるかに凌ぐと思える一作品であります。それは『オー嬢の物語』で、とりわけこのような考え方であります。「おまえは私のものだ。だから私はおまえを好きなようにできる」と。つまり、ものを所有すれば、それを売ろうと、貸そうと、壊そうとかまわないわけで、これが『オー嬢の物語』の内容 (なかみ) です。一般の人間にとっては、人を所有することは、異性の存在を所有することであるように思えます。異性を客体として、生命体を対立する、物 (ショーズ) という意味での客体 (オブジェ) として自由にすることによって、所有は確率されます。それは生命体を無生物の状態にもどすことであり、客体という言葉には、哲学でもやはりいま一つ別な意味があります。---中略--- つまり愛は所有を意味し、すくなくとも一部の人間にとっては、生命のない物への変化によって、すなわち生命を奪い、魂のない無生物へ変化させるという象徴的方法によって、その所有が確立されるという見方であります。

長くなったので、次回につづきます。


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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
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