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『がばいばあちゃんの幸せのトランク』その3 2006.7.16

私は、B&Bが活躍していた漫才ブームをリアルタイムで知っています。(「もみじまんじゅう」ってネタがおもろかったんだよね~よく覚えてにゃいけど。)
すんごいエネルギーだったなあ、と思います。
もしや、北野たけしが漫才師だったって知らない方もいらっしゃったりして?とフと思ったのですが・・・ツービートってゆーコンビだったんですよ~。
当時のそのたけしの言葉は、流石じゃ、と思いました。

「おい、洋七。俺ら今、お笑い番組が増えてこんなに売れてるだろう? ということは、ドラマとか歌番組が減ったんだよ。一日二十四時間は一緒なんだからさ。俺たちが売れたお陰で、歌手とか役者が犠牲になってんだ。だから、俺らにもそういう時期がきっと来るぞ。覚悟してやんなきゃな」

明宏は、人気絶頂期に遊び歩き、半年も家に帰ってなかった時があったそうで(-_-;)、「叱られるかも」とビクビクしながら帰ると、
「あら、お父さん、お帰り。お風呂わいてるわよ」
と奥さんは言うんですよ。めちゃめちゃ人間出来てるじゃないっすかっっ。

今のお笑いブームと比べ、あの漫才ブームは、すごくテンポが早くてうるさかったと思います。(^^;) (爆笑してましたけど~私も若かったし。)
ほんとにあのブームは凄いものでしたから、やってる方のストレスも相当なものだったのではないでしょうか。ありゃ病気にもなるわな、と思います。
洋七がストレスで病気になり、医者から、仕事を辞めるか、入院して治療するか、選択を迫られた時、奥さんはこう言ったそうです。

「もう、いいじゃない。こんなに働いてきたんだから。売れたのなんてオマケよ。売れないのが普通なんだから。何年でも休めば?」
「病気に逆らっても仕方ない。それは季節に逆らうのと一緒。無理よ」


がばいばあちゃんが乗り移ったかのようなセリフだと思いました。

がばいばあちゃんも、明宏のお母さんも、テレビに出た事があるそうです。以下引用。

 かあちゃんと一緒に『オールスター家族対抗歌合戦』に出場もした。
 歌手志望だったというかあちゃんは、テレビで歌を披露できたことがとても嬉しかったようだ。それに、歌が本当に上手で、三回出場して三回とも歌唱賞をいただいた。
 それから、ばあちゃんには、佐賀から『笑ってる場合ですよ ! 』に生出演してもらったこともある。


『笑ってる場合ですよ ! 』は『笑っていいとも』の元の番組ですが、これは見ていたので、もしかして、私もがばいばあちゃんを見てるかもしれないです。この場面って残ってないのかなー。見たいです~~~。


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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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