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澁澤龍彦『少女コレクション序説』その2 2006.10.5

◆犠牲と変身 ストリップ・ティーズの哲学

まず、ゴヤの「裸体のマハ」の話が出てきます。
「裸体のマハ」は「着衣のマハ」があるからこそエロティックだとの発想には、なるほど ! です。アンドレ・マルローの『ゴヤ論』からの紹介を引用。

ヴェネツィア派の裸婦が最初から衣服をはねつけているのに対して、この裸体のマハは、いままで着ていた衣裳をかなぐり棄てたばかりの状態なのであり、だからこそ、その肉体がひときわ挑発的にエロティックなのだ、というのである。

そして、インテリ・ストリッパーとして名高いフランスのリタ・ルノワールの言葉がまた良いです。

「ストリップとは、何よりもまず一つの儀式であり、観念によって肉の交流を実現することを目的にした、一つの儀式なのです。脱衣する女は、犠牲執行者であるとともに犠牲者であり、誰の手にも委ねられていると同時に、また誰も手を触れることのできない存在なのです。」

そして、正統的ストリップは、そうした意味で、永遠に目的に到達し得ないエロティシズムの絶望的な性格を、忠実になぞっているのである。との文は、実に上手い、おもしろい見方だと思いました。もうひとつ。

映画やヌード写真をもふくめた、あらゆる視覚的なエロティシズムの媒体が、大衆のフラストレーションの根源であるといえなくもなかろう。

フラストレーションを溜める為に、わざわざお金を払って見る、しかもそうせずにはいられない、という事実は、実におもしろいと思います。
この章最後の所、この文章そのものが、実にエロティックで素敵だと思いました。

 スポット・ライトに照らされた舞台の上のストリッパーは、むしろ繭のなかの昆虫に似ているような気がする。孤独のなかで、苦しげに、歓ばしげに、彼女は変身しようと身をもがくのである。それは言葉を変えれば、犠牲者と犠牲執行者とに分裂した、彼女自身の存在の二重性のせめぎ合いということかもしれない。

人形作家


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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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