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『グリンプス』その6 2007.9.14

前回の続きのような文になりますが、訳者あとがきに以下のように書かれています。

 この作品の設定でもある、当時は音楽に世界を変える力があった、という信念にしても、六〇年代を実際に生きたぼくから見ても誤りだと思えるのに、いまだに信じているものは多い。当時は音楽に力があったのではなく、音楽を愛していたぼくたちに力があったのだ。ぼくたちが力を失ってしまった原因を音楽に求めるのは誤りだ。力を失ってしまったぼくたちが聴くようになったのが、つまらない音楽だったというだけなのだ。

うーーん、これもいまいち納得がいかないです。
六〇年代の音楽が、今だに色褪せないのだから、確かに音楽に力があると思うのです。ただし、世界を変える力はないでしょう。ある人にとっては、全く力もへったくれもない音楽が自分にとっては魔力があるという事なんじゃないでしょうか。
そこら中つまらない音楽だらけになった現代、私や多くの人は、今のつまらん音楽をあえて聴こうとはしていませんので、これも間違いではないかと思います。
ただ、あの時代が、大衆が、あの音楽を生み出したとは言えると思うし、訳者が言いたかったのも、そういうことなのではないか、と思います。
以下の文は、あの時代を的確に表していると思います。この本文からの引用で、終わりにします。

 そしてやってきた一九六六年。モリスンが、いつものように一歩先んじて、LAでリザード・キングになったころ、取り残されたぼくたちは時代を変えることのむずかしさを知った。マーティン・ルーサー・キングとボビー・ケネディが銃弾に倒れ、シカゴで開かれた民主党の全国大会では、自分たちが抱いていた政治的な力への夢が、いかに虚しく無意味であるかを思い知らされた。
 そして、マンスン事件とオルタモントの悲劇によって、六〇年代の夢は終わる。ブライアン・ジョーンズが最初にこの世を去り、ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、キャンド・ヒートのブラインド・アウル・ウィルソンと続き、みんな七〇年代が終わるのを待たずに死んだ。希望と約束は灰燼に帰し、マリワナとLSDはコカインとヘロインにとって代わられた。ヘヴィ・ミュージックとアシッド・ロックは重苦しく、ふれると火傷をしそうな曲をさすようになった。





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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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