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澁澤龍彦のジャン・ジュネ論 (『ブレストの乱暴者』巻末より) 2005.1.25

昨日の日記のつづきです。
澁澤のジュネ作品におけるフロイト的解釈など。

『花のノートルダム』を読んでないのが何とも残念極まりないのでありますが、(サルトルによれば) 主人公ディヴィーヌとはジュネ自身であり、<<ジュネ自身のエロティシズムは、女性的エロティシズム、つまり受動性によって特徴づけられており、つねに自己を容体化しようという方向をとる。>> のだそうで、『ブレストの乱暴者』のなかでは、神話的な母という意味では、リジアーヌ夫人がそうであるが、<<しかしジュネ自身の人格の直接の表現という意味では、むしろ海軍少尉セブロンを思い出すべきであろう。>>との表記には、にゃるほど ! ! と唸らされました。

主役である殺人犯クレルは、殺人を犯してから、すすんで男色家に身を変貌させていくのだけど、それを澁澤曰く<<贖罪>>の行為だとか。

<<犯罪とは、ジュネの確信しているところによれば、未開社会における過度儀礼 (成人式) のごとき一種の儀式であって、犯罪を犯す者は、犯罪のなかで一度死んで復活するのである。復活するためには贖罪、つまり、二度目の死が必要である。彼が犯したばかりの殺人を、いわばそれに対応する、彼自身の身に加えられた一種の死刑執行 (「お釜を掘られる」こと) によって、帳消しにしなければならないのである。>>

次々と周囲の人々と身体の関係を結んでいくクレルは、ちょっと『テオレマ』のテレンス・スタンプみたいな気もするのでした。
全然違うといやー全然違うんだけど。

そのクレルは、自分の罪までジルに着せる事にまんまと成功し、それ以前にも数々の殺人を犯し、金品を奪っているのにもかかわらず、のうのうと追跡から逃れ、生きのびているのです。
これもちと不自然な気がするんですが・・・もしかしたら、ジュネの願望なのかも、とも思いました。
ジュネの愛する人達が、次々と処刑され、或いは道ばたで、或いは目の前で亡くなっていったのだから。
ただ、処刑されるその事も、その人物を高めているというのがジュネ美学なのではなかったか、とも思うのでR。

それにしても、クレルの裏切りは実に鮮やかで見事 ! ! これぞジュネの裏切りの美学の神髄じゃ!

ちなみに私が読んだのは、河出文庫の澁澤龍彦・訳です。
訳は今度は文句ナシです! 流石です! かっちょいっす!

そーいや、バタイユにぼろくそに言われているサルトルですが、(こちらを御参照に) 澁澤はそれなりに評価してるっぽいですね。

我慢して堀口訳の『花のノートルダム』(別訳あれば誰かおせーて) を読んでから、サルトルの『聖ジュネ』を読もうと思ってます。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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