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ポール・ギャリコ『トマシーナ』その1 2007.11.6

河合隼雄さんの『猫だましい』を読んでから、どうにも読んでみたくてたまらなくなった、この本。
いやはや、すんごいおもしろかったです!!
構成の見事さもさることながら、現実的に充分あり得る父と娘の問題、深い深~~い内面の苦しみ、孤独、人間社会のことなどなど、実に鋭い視点で描かれているんです。
そして、猫が間に入り、父も娘も成長する所がとっってもおもしろいです。
そして、「いかれた魔女」と呼ばれる、やさしい女性ローリ。
孤独な傷ついた森の動物たちを世話する彼女は、きっと自分との共通点を感じずにはいられないのではないでしょうか。
人に飼われ、かわいがられ、世話されているペットとの相違にハッとさせられます。
それらが、ユーモア溢れる文章で語られていきます。
次の文なんて!(≧▽≦)

 ほっそりとした女なら、たとえ悲しみに打ちひしがれても、身を切るような悲嘆や苦悩にふさわしい顔つきやたたずまいをもともと備えているが、でっぷりした女が悲しむ眺めは、胸が痛むほどの趣もない。小さな唇は悲劇の女らしく悲しみにゆがむこともできないまま、すぼまって震えているばかり。悲しみにくれたとき人はうなだれるものなのに、贅肉が邪魔になってうつむくことさえままならず、ただその丸々とした身体から生気が失せてしまったかのように、肌の色がすっと蒼ざめるだけ。

この前、名作動物映画『三匹荒野へ行く』を観たのですが (感想こちら) シャム猫のテーオと仲良しになるのは、やはり女の子なのですね。



猫と女の子というのは、絵になるんですよね。
この物語は、間に猫のトマシーナの語りが入るという、おもしろい手法で描かれています。
いつも下手な抱っこをされたり、嫌な思いをしていながらも、何故その家にとどまっていたかを、トマシーナはこんな風に話しています。

 女の子と猫とはいろんな意味で似ていなくもないから、それが理由だったのかもしれません。幼い女の子には、どこかたまらなく謎めいたところがあるでしょ。何かしら秘密を知っていそうな雰囲気とか、まるでもの思いにふけっているような、どこかそっけない目つきで人をじっと見つめ、大人たちを当惑させたり、いらだたせたりするところなんか、あたしたち猫と同じよね。
 女の子といっしょに暮らしたことがあれば、あの子たちが自分だけの世界に静かに閉じこもる、あの腹立たしいやりくちや、理屈の通らない指図や禁止をものともしない、特有の頑固な独立心には憶えがあるはず。相手をいらだたせるそんな気質はさせられないし、愛情を強いることもできません。そこが、メアリ・ルーとあたしの共通点だったのね。


いやあ、見事な少女分析!!
途中から、トマシーナの語りは、猫の女神バスト・ラーの語りになるのですが、次の文などは、『吾輩は猫である』の猫の視線を思い起こします。



 そしてまた、心の奥底より、人間たちを憐れむこともある。
 かくも偉大でありながら、かくも卑小な存在。すべてを手の内に納めながら、何ひとつ自由にならず、征服者として地上を闊歩しながら、一瞬たりとも怖れから逃げられぬとは、どれほどつらい生涯であろうことか。


この辺にしておきますか。次回につづきます。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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