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ポール・ギャリコ『トマシーナ』その2 2007.11.8

虐められる子供よりも虐める子供が病んでいるように、子どもを愛しながらも傷つけ、病気にしてしまう父親の方が、深く病んでいたりするものですが、そんな父マクデューイ獣医の友人である、牧師のペディが、常に冷静に考えて会話をしているんです。
友達を決して見捨てることなく、一神教である神を押し付ける事もないこの牧師には大変好感が持てました。以下引用。

 こんなにもかたくなに自分の欠点や失敗見まいとしている男を目の前にして、いったいどうしたら目をさまさせてやれるのか、さまざまな人間を相手に経験を積んできたペディ牧師も途方にくれるばかりだった。いま真実を突きつけたところで、友だちをひとり失うことになるだけだ。自分と友人の間に横たわるこの越えがたい溝は、必ずしも友人の性格の短所だとは思わない。

とても印象に残った文を。

 運命を形づくるのは、布を織る仕事とよく似ている。その人間の性格、野心、欲、習慣、狭量さ、切なる望み、誠実さ、愛情、憎しみといった長い縦糸を、そこからはけっして逃れることのできぬ素地として、そこに偶然の横糸をからませていく。見ず知らずのもの、友、やましいところのないもの、あるもの、若者、老人といった、他生の縁から借りし糸。たまたま立ち聞きした話、ほんの一瞬早く曲がりすぎた街角、怒りにまかせてぶちまけ、後に悔いる言葉、間に合わなかった手紙、家に忘れ、あるいはどこかに置いてきた持ちもの、何気なく見すごしたささいなこと、相手のかんしゃくといった糸。

河合隼雄さんが解説を書いています。解説から引用です。

 私のところに相談に来る人で、「愛情一杯」に子どもに接しながら、子どもの「たましい」を深く傷つけている人は多い。そのことに気づかぬ親は、「うちの子はおかしいのでは」とか「気が変なのでは」と言ったりする。子どもは何も変ではない。子どものたましいの加害者でありながら平気でいる親こそ、考え直さねばならないのだが。

また、前述した牧師の事で、以下のように書かれています。

 本書では無神論者マクデューイと牧師のペディの対比が明白で、彼らの対話はなかなか興味深い。この対話のみならず、本書には、「神」という語が何度も出てくる。ペディはキリスト教の牧師である。にもかかわらず、本書で論じられる神は―――エジプトの神猫の出現にも示されているとおり―――一神教にも多神教にも通じるような存在として提示されている。したがって、特定の宗教に限定されるのではなく、ここに述べられる「神」は、たましいのこととして読むとわかりやすい、と私は思っている。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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