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源氏物語 巻五 其の一 2008.2.14

巻四に引き続き、ロリコンスケベぶりを発揮する光源氏。
物語を読む玉鬘の姫君に言うセリフは、なかなかおもしろいです。

「一体物語には、誰それの身の上といって、ありのままに書くことはない。それでもいい事も悪い事も、この世に生きている人の有り様の、見ても見飽きず、聞いても聞き捨てに出来なくて、後世にも言い伝えさせたい事柄を、あれやこれや、自分の胸ひとつにおさめておけなくなり、書き残したのが物語の始まりなのです。作中の人物をよく言おうとするあまり、よいことばかりを選びだして書き、読者の要求に従って、めったに世間にありそうもない悪い話をたくさん書き集めたのは、みな善悪それぞれの方面に関したことも、この世間に実際にないことではないのですよ。
 唐土の物語は、その書き方がわが国とは違っているし、また日本のものでも、昔と今では変わっているでしょう。書き方に深さ、浅さの差はあるだろうが、物語をまったくの作り話で嘘だと言い切っているでしょう。書き方に深さ、浅さの差はあるだろうが、物語をまったくの作り話で嘘だとは言い切ってしまうのも、物語の本質を間違えてしまいます。
 み仏が、尊いお心からお説きになっておかれたお経にも方便というものがあって、悟りを得ていない者は、経文のあちこちで教えが違い、矛盾しているではないかという疑問をきっと抱くことでしょう。方便の説は方等経の中に多いけれど、詮じつめていけば、結局は同じ一つの趣旨によっているので、悟りと迷いの差とは、この物語の中の人物の善人と悪人との差ぐらいの違いです。善意に解釈すれば、すべて何事も無駄なものはなくなってしまいますよ」


しかし、おあとのセリフがいけましぇん。

「ところで、こうした古い昔の物語の中にも、わたしのような誠実なくせに、女に相手にされない愚か者の話はありますか。ひどく世間離れのした人情味に乏しい何かの物語の姫君でも、あなたのように冷たくて、そらとぼけている人は、またとないでしょう。さあ、では、いよいよわたしたちの中を世にも珍しい物語に書いて、後世に伝えさせましょう」

瀬戸内寂聴さんの解説「源氏のしおり」に、この源氏の物語論 (文学論) を、虚構と見せかけた小説の方が、事実を書いたという歴史書よりも人生の真実を書いているという意見である。と説明されており、そして、それは作者紫式部の文学論と思っていいだろう。と書かれています。

巻五 其の二に続きます。




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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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