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NHK知るを楽しむ この人この世界 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコーヴィチへ 亀山郁男 その1 2008.6.23

この人の新訳『カラマーゾフの兄弟』(感想こちらから。) を読む前に買ったのですが、テレビ見て買ってだい~~~ぶ経ってから読み終えたので記憶も薄れているのですが、テレビとは内容がだいぶ違う気がしました。
特に、最近再読した『罪と罰』は、どーもピンと来ません。私にはわからん感覚です。
逆に、テレビでは随分上っ面だけで薄いなあ、と思った『白痴』は結構おもしろかったです。
又、テレビでは言及があったか覚えていませんが、この番組ではよくあるんですが、自分語りが始まっちゃうんですよ。その作家を語るのに、その頃の自分はどうで、こう影響を受けたという話になるのは、わからなくもないんですが、いや、あなたの事には興味ないですから!と言いたくなってしまう事がしばしばあります。
そういうのが、テレビで見ていた時には多分なかったと思うのですが、この本にはあります。

◆『罪と罰』◆

  

次のように書かれているんですが・・・

殺人者であるラスコーリニコフは、娼婦に身を落としているソーニャに対して「君も一線を越えた」と責め立てるが、

エーッ?「責め立てた」んではないんじゃないでしょうか。
まあ原書が読める訳ではないので、はっきりは言えないかもしれませんが、どうとっても踏み越えた事に対して何故責める?って感じっすよね。
江川卓訳の『罪と罰』のこの箇所を引用します。

きみも踏みこえた……踏みこえることができたじゃないか。きみは自分で自分に手を下した、きみはひとつの生命をほろぼした……自分の生命をね (なに、どっちだって同じことさ!)。きみだって魂と理性で生きていけたはずなのに、行きついた先はセンナヤ広場だった……しかし、きみには耐えきれまい、もしきみがひとりぼっちになるようなことがあれば、きみはぼくとおなじように気が狂ってしまうだろう。いや、いまだってもう、きみはだいぶ狂っている。だからぼくらはいっしょなんだ……道づれなんだよ!行こう!」

奇妙な愛の告白のようにも思えます。
それと、違和感があったのが、江川訳で「踏みこえる」という所を「またぎ越す」と書いてあるんです。どーも不自然な日本語な気がしてならないんですが。
それから、以下引用です。

おそらくはドストエフスキー自身もラスコーリニコフの人間的な復活がどういうものになるか完全には予見しきれず、したがってそれに対して明確に答えを差し出すことができなかったように思える。『罪と罰』の長い物語は、末尾に来て、「救い」への入り口に立ったことを示しただけで終わるのである。

「救い」への入り口に立ったことを示すだけで良いのではないでしょうか?
この先まで書いても、かえって興ざめな気がします。
希望を持たせた所で終わる小説に優れたものが多いのではないかと私は思います。例えば『風と共に去りぬ』(感想こちら) なども、そうですよね。全て明かさず、読者の想像にゆだねた方が良い場合は沢山あります。
次回へ続きます。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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