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ドストエフスキー『地下室の手記』その2 2008.7.22

 
地下室の手記改版

今回の再読で感じたのは、カフカ的なユーモアです。(カフカいろいろ書いてます。こちらから。)
え~?なんで?何故それをしてしまう?な所の多いこと!
そして、こうしてやる、と思いながらも「勿論そうしなかった」記述の可笑しいこと!
最近、ドストエフスキーを何冊か再読して、カフカへの影響を強く感じました。どちらも悲しいユーモアに満ちているんですよね。

それから、リーザが来たら困ると思いつつも期待して待ってしまい、いざ現れたら、すんごいうろたえる所なんて、地下室人が愛おしくなってしまいますね。すごくわかるし~~
ラストも最高に好きです。

江川卓が、謎ときシリーズで「ラスコーリニコフの先輩」と書かれていたと思うのですが、あらゆる大作の基本となる大変貴重な小説であることが「あとがき」に書かれています。

 一八六四年、作者が四十二歳のときに書かれ、発表された中編『地下室の手記』は、さまざまな意味でドストエフスキーの文学に転機を画した作品と考えてよい。この中編を「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と呼んだジッドの言葉は有名だが、たしかに『地下室の手記』を経過することなしには、『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』とつづく彼の後年の大作群は、いま見るような形では存在しえなかっただろう。極言するなら、ドストエフスキーは十九世紀ロシアのすぐれた一作家というに終り、世界のドストエフスキー、現代にも生きつづける永遠の作家ということにはならなかったろうと思われる。

同じく「あとがき」で紹介されている、この作品の10年後、ドストエフスキーが『未成年』の創作ノートに書かれた言葉が、この作品を物語っています。以下引用。

「私は、ロシア人の大多数である真実の人間をはじめて描き出し、その醜悪な、悲劇的な面をはじめて暴露したことを誇りに思っている。悲劇性はその醜悪さを意識しているところにある……苦悩と、自虐と、よりよいものを意識しながら、それを獲得することが不可能な点に、また、何よりもそういう不幸な連中が、みんなそんなもので、したがって、自分を攻めるまでもないと明瞭に確信している点に存在している地下室の悲劇性を描き出したのは、ただ私だけである……偏見をもたぬ未来の世代はこのことを確認するだろうし、真実は私の味方にちがいない。そのことを私は信じている」

その3につづきます。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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