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亀山訳『カラマーゾフの兄弟』5巻 その5 2008.9.4

まずは引用から。

 ここでスヴォーリンの説、つまり来るべき将来、アリョーシャが皇帝暗殺者としての運命をたどるとした場合の難問について触れなくてはならない。問題は、ドストエフスキーが書いた「著者より」との矛盾である。かりに、アリョーシャが皇帝暗殺者としてセミョーノフスキー練兵場かどこかで処刑されるとなれば、その行為が偉大か偉大でないかはさておき、彼はまぎれもなく歴史的な人物となったことだろう。しかるにドストエフスキーは書いている。
「彼がけっして偉大な人物でないことはわたし自身よくわかっている」
しかもそのうえで「(彼は) どういった人たちにどんなことで知られているのか?」
という奇妙な問いかけがなされるのである。
―中略―
アリョーシャは少なくとも、皇帝暗殺者として歴史に名前を残すような「偉大な」行いはしていないことになる。皇帝暗殺 (おそらく未遂に終わるはずである) の罪で死刑に処せられた人間が、「知られて」いないなどということは、どうみてもありえないからだ。
 つまり、アリョーシャ=皇帝暗殺者説は、序文の内容と完全に矛盾するわけで、ここに「第二の小説」の完成時にこの序文は書き換えられる運命だったのか、という疑問が生じるわけである。


第一に、ドストエフスキーは「偉大な人物ではない」とアリョーシャのことを書いている訳だから、ぜんっっぜん矛盾してないし、第二に、皇帝暗殺者が偉大だとも限らないですよね。暗殺の理由もわからんですし。「誰でも良かった」で皇帝殺しをするかもしれないじゃないっすか。
レーガンを暗殺未遂したジョディー・フォスターのファンもいましたしね。
それと、もう1つ。

 いずれにせよ、エピローグでのコーリャに、キリスト教への改心を暗示するなんらかの経験か、浄化とも呼ぶことのできる精神的変化が生じていることはまぎれもない事実である。

工エエェェ(´д`)ェェエエ工 。そんなコーリャいやだよ~~
最後に・・・

「エピローグ」でのアリョーシャの「演説」に涙を流さない読者がいるだろうか。

は~い!(゚◇゚)ノ
素晴らしいシーンだけど、泣きはしませんでしたぜ。泣かれた方、おられるんでしょうか。

その他ドストエフスキーに関してはこちらから~

    

  

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
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