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『失われた時を求めて4 第二篇 花咲く乙女たちのかげに?』その2 2008.9.21

〈知性〉〈感受性〉〈意志〉そして〈愛〉のお話です。
私はちとわかりにくかったのですが、知性と感受性と意志の関係、何度も読んで考えているところです。以下引用。

知性と感受性とは、私たちが愛人と別れたがっていると大真面目で信じこんでおり、ただ意志のみは、私たちがその愛人に執着していることを知っている場合がある。それは、すぐその愛人に会うことになっているという確信のために、知性と感受性がくらまされているのだ。だがこの確信が消滅したとしよう。愛人は去ってしまって永久に帰って来ないことを、とつぜん知性と感受性が知ったとしよう。そのとき、知性と感受性とはすっかり取り乱して気がふれたようになり、ほんの取るに足りない快楽さえもが無限に拡大されて見えるのである。

もう少し後の方で、また〈知性〉〈感受性〉〈意志〉の話が出てきます。以下引用です。

知性と感受性が変わりやすいのとは正反対に、意志は変わらないものだが、しかし黙りこくっていてあれこれと釈明することがないので、ほとんど存在していないように思われる。自我のほかの部分は、意志の断乎とした決定に従っていながら、それに気づかずに、ただ自分たちの不決断だけははっきりと識別している。

う~~ん、むじゅかすぃ~~。
お次は、あるある~~と思ったのを。

私たちの望む事件はけっして自分で考えたように起こることはなく、当てにしても大丈夫と思っていた利点が欠けている代わりに、思いもかけなかった利点があらわれて、全体はなんとか相殺されるからだ。そして私たちは最悪の事態を恐れるあまり、最終的には全体をひっくるめて見たとき、どちらかと言えば結局は偶然がこちらに味方したのだと思いたくなる。

次回へつづきます。



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Author:吉乃黄櫻
ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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