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『失われた時を求めて10 第5篇 囚われの女 ?』その3 2008.12.22

語り手が、トマス・ハーディやスタンダール、フェルメールの絵などに言及し、そこからドストエフスキーに関しての長い長い会話へと移るのですが、これがおもしろくて、どこからどこまで引用していいんだか困る訳でして。
こうなったら、出来る限り引用しちゃいたいです。(著作権的にだいじょぶですかね…汗)
まあとにかく、引用はじめます。

ドストエフスキーの描く女っていうのは (レンブラントの女のように独特で) いつも神秘的な表情で、感じのいい美しさを持っているけれど、まるで善良さはお芝居だったみたいに、その美しさが急にひどい傲慢さに変わってしまう (もっとも心の底はどちらかというと善良らしいけどね)。アグラーヤに愛情あふれる手紙を何通も書きながら、あなたを憎んでいるって言うナスターシャ・フィリッポブナにしても、これとそっくりの訪問の場面に出てくるグルーシェンカにしても、同じタイプだろう――この場面はナスターシャ・フィリッポブナがガーニャの両親をののしるシーンにもよく似てるけど――。グルーシェンカは、自分を恐ろしい女だと思っていたカチェリーナ・イワーノヴナの家で、彼女にとてもやさしくするけれど、そのうちに急に悪意をむき出しにして相手を罵倒してしまう (そのくせグルーシェンカは、腹のうちは善良なんだがね)。グルーシェンカとか、ナスターシャとか、どっちもカルパッチョの描いた遊女、いやレンブラントのバテシバにも劣らないくらい独創的で神秘的な女だよ。きっとドストエフスキーは、このきらきらしていて、二重になっていて、急に自尊心がゆるむと女を別人のようにしてしまう表情しか知らなかったわけではないだろうね。(ムイシキンがガーニャの両親をたずねてナスターシャに《きみはこんな人じゃない》って言うだろう? アリョーシャだってカチェリーナ・イワーノヴナを訪ねたときに、グルーシェンカにこれと同じことが言えたはずだよ)。ところがドストエフスキーが《絵画論》をやろうとすると、これがいつもばかばかしい議論でね、せいぜい出してくるものと言えばムンカーチの絵で死刑囚のこれこれの瞬間を描いたところとか、聖母マリアのしかじかの瞬間なんていうたぐいのものさ。

一旦切ります。
アグラーヤ、ナスターシャ・フィリッポブナ、ガーニャ、ムイシキンは『白痴』の登場人物です。
グルーシェンカ、アリョーシャ、カチェリーナ・イワーノヴナは『カラマーゾフの兄弟』の登場人物です。
レビューこちらから。
どれも、めちゃおもしろい名場面です。
次回へつづきます。



失われた時を求めて

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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