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『失われた時を求めて12 第七篇 見出された時I 』その4 2009.2.5

どこまで引用したらいいのか迷うところでありますが、「文学」についてです。

 真の生、ついに見出され明らかにされた生、したがって十全に生きられた唯一の生、これこそが文学である。この生はある意味で、芸術家と同じくすべての人のなかで各瞬間ごとに宿っている。しかし人びとはこれを明らかにしようとはしないので、目に入らないのだ。こうして人びとの過去には無数の陰画があふれているが、知性が「現像」しないので、陰画は役に立たないまま残される。それは私たちの生だ。そしてまた他人の生でもある。なぜなら作家にとっての文体は画家にとっての色彩と同じで、技術ではなく視覚の問題だからだ。文体は、この世界が私たちの前にあらわれる仕方の質的な違いを明らかにするもので、直接の意識的な方法ではそれは不可能であり、もしも芸術がなかったとしたら、その違いは各人にとって永遠の秘密になるところだろう。芸術によってのみ、私たちは自分自身からぬけ出して、ひとりの他人がこの宇宙をどんなふうに見ているかを知ることができる。それは私たちの宇宙と同じではなく、その風景は月世界のそれのように私たちには知られずに終わるところだった。芸術のおかげで私たちは、たった一つの自分の世界だけを見るかわりに、多数の世界を見ることができる。そしてわたしたちは、独創的な芸術家の数だけの世界を自由にするのであり、それらの世界は、無限の空間を回転するさまざまな星の世界以上に、互いに異なっている。そこから発する特別な光は、その光源がレンブラントと呼ばれようと、フェルメールと呼ばれようと、光源が消えてから何世紀もたっているのに、今なお私たちのところへ送られつづけているのである。

この先も良いんですが…文庫本12巻、424ページです。
次回も本の話です。



失われた時を求めて

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テーマ : 読書感想文
ジャンル : 小説・文学

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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