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ドストエフスキー『未成年』その6 2009.4.6

◆カフカ的な◆
その1でカフカ的と書きましたが、ルーレットの場面はほんっっとにカフカぽいと思いました。
泥棒と間違えられる所なんて、ほんとそうですね。
そして「下男になってやる」と卑屈になる気持ち、なんだかとってもわかるんだなー。以下引用です。

『ぼくを下男にしたいなら、さあ、すすんでなってやるぞ、人間の屑になれ――そらどうだ、りっぱな屑じゃないか』。こうした類いの消極的な憎悪と潜在的な怨念を、わたしは長年にわたってもちつづけることができたのである。そして、どうだろう? ゼルシチコフの賭博場で、わたしは完全に激昂して、ホール中にひびきわたるような声で、『ルーレットは警察に禁止されているんだ、貴様らぜんぶを密告してやるぞ!』とわめいたのである。まちがいなく、ここにはなにかこれに似たような卑屈さがあった。わたしは辱しめられ、体中をさぐられ、泥棒とののしられ、人間的に葬られた――『よし、じゃ正体を見せてやる、貴様たちの思ったとおりさ、おれは――泥棒どころか、そのうえ――密告者なのさ』。

もうひとつ。

『釈明がもうぜったいにできないし、新生活をはじめることもできないのなら、いっそ負け犬になってやるか、うじ虫になり、下男になり、密告者になる、もうほんものの密告者になってやるのだ、そしてひそかに準備して、そのうちに――不意にすべてを空中に吹っとばし、すべてを、罪のあるやつもないやつも、すべてのやつらをたたきつぶしてやるのだ、そしてそのときはじめてやつらは、これが――あのときみんなで泥棒呼ばわりをしたあの男だ、と知るだろう……それを見とどけたうえで、しずかに自分の生命を絶つのだ』

ドストエフスキーの小説は、時々ドキッとするんですね。
これなんて現代の犯罪に結構あるじゃないっすか。
「罪のあるやつもないやつも」って。
自分をすごく卑下して、卑屈になり、「誰でも良いから」世の中に復讐してやる~~ッ!って。
アルカージイは想像するだけで決してこういう事を決行は出来ない訳ですが、そんな人の方が多いと思いますが、やってしまう人もいるのが怖いです。

そして、ドストエフスキー作品は、まさに現代小説であるのです。

ドストエフスキー

 

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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