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『アダンの画帖 田中一村伝』その1 2005.12.14

♪あれは何年前?♪
今は亡き新宿の三越美術館で、田中一村の絵を観て圧倒されました。ブッたまげました。こんなにスゴイ絵があったのかと・・・。
そして、一村の一匹狼的な生き方にも惹かれ、あの絵を描いた一村が惚れ込んで、生涯最後の絵を描く為に住み移った奄美大島に、いつか自分も行ってみようと思ったのでした。
それから数年後の2000年の終り頃に、2週間ぐらいの船の旅 ( ! ) で奄美大島に行ってきました。
まだ奄美に一村の美術館が出来る前だったのが惜しい所。建設中だったかと思います。
でも住んでいた家は見てきたですよ。まぢ、物置き?ってなくらいな、小さくぼろい家なんです。

その一村伝、これかなーーーり前から買ってあったのですが、やっとこの前読みました。
一村の事は、そんな訳で、ある程度は知っていたものの、この本読んで、そのあまりに凄まじい生き方には、ほんっっと、またまたブッたまげました。
存在そのものが奇蹟のような人です。神に近いです。こんなに欲のない人っているんでしょうか?絵を描く以外には、一切の欲を持たない人なのです。そして、こんなにも精神力、意志の強い人が存在したのかと、本当に驚かされました。
以下の引用は、東京から千葉に移り、農業をして、食料の自給を図っていた頃の話です。

 畑の作物が実ると、親せき知人にいいものを選んで届け、自分たちはいつもくずものやきずものを食べて暮らしていた。人には最上のものをあげなければいけない、というのが米邨 ( 一村の絵描きとしての昔の名前) の考え方だった。

絵に対する徹底ぶりも凄まじいものがあります。
「この石ころ一つが気に入らないのです」と言ってみたり、鳥を描くには、ヒナから育て、鳥のすべてを知らなければならない、と、鳥を育てたりしていたそうです。

次のエピソードは、子供の頃からの完璧主義ぶり、プライドの高さがわかります。

 川村幾三宅に、やや黄ばんだ菊の花の色紙があった。米邨八才が描いたもので、八童米邨の著名がある。左端上部に著名があり、その下に一部ちぎった跡があった。父稲村がちょいと手を入れたのが悔しくて、その部分を引きちぎって捨てたのだという。

長くなったので、その2につづきます。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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