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本多勝一『実戦・日本語の作文技術』その2 2009.9.4

いまだに「ら抜き言葉」が気になる私。
以下の文には目から鱗と言うか…いやあ、知らんかったです!とりあえず引用です。

「見られる」を「見れる」、「食べられる」を「食べれる」といった「ら抜き言葉」で話したり書いたりすることについて、文化庁国語課は「従来は文法上誤った用法とされてきた」と言っている。つまり「ら抜き」が「乱れた言葉」なのだ。
 嘆息とともに怒りさえ覚えるこの感覚。そもそも「ら抜き」とは何だ。私 (いや俺だ) に言わせれば、「見れる」こそ正しいのであって、「見られる」などは「ら入り言葉」として乱れた欠陥品である。なぜか。
 再びわが伊那弁の日本語で説明しよう。「見られる」と「見れる」は全く別の言葉であって、モとクが異るように両者は厳密に区別されている。つまり「見られる」は受け身であって可能の意味はなく、「見れる」は可能だけであって受け身の意味はない。ところが*東京弁の見られる」は、受け身と可能の双方を意味するから区別がつかず、それだけあいまいであり、区別のためには前後の文脈で考えるほかはない。


ちなみに「東京弁」の所に訳注があり、東京弁は江戸弁と異り、いわゆる標準語として人造的要素がはいっている。この「見られる」にしても、東京でも話し言葉はもともと受け身だけであって、可能は「見れる」だったという見方がある。と書かれています。

次回で多分終わりです。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
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