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澁澤龍彦『スクリーンの夢魔』その6 ◆ベルイマン、この禁欲的精神◆

◆ベルイマン、この禁欲的精神◆
澁澤龍彦の見識には唸らせられっぱなしなのでありますが、トーマス・マンの「魔の山」のナフタ教授のセリフを引用してベルイマンを解説している所など、ベルイマン作品への理解が深まります。
ちょっと長い引用になりますが…

 トーマス・マンの長篇『魔の山』に登場する不気味なラテン語学者、ナフタ教授は、中世という観念を知る上に貴重な示唆をあたえてくれる人物であるが、ゴシック期ライン派の「ピエタ」像、――血と汗にまみれ、解剖学的に誇張された手脚を力なく垂れ、どす黒い苦闘の表情を浮かべた木彫のキリスト像――を見て、次のように述べる。すなわち、
「これは何の某というような妙な紳士によって作られた物ではなくて、無名で共同の作品です。それもずっと後期の中世であって、ゴシック、つまり禁欲の象徴です。磔形のキリストを表現するのにロマネスク時代がまだ必要と信じていた手加減や美化、たとえば王冠とか、世俗に対する崇高な凱歌とか、殉教死とかは、この彫刻においては御覧の通り全然もう発見できません。すべてが苦悩と肉体の無力との極端な表現です。本当の懐疑的、禁欲的趣味はゴシック時代になってからのものです」と。
 ゴシックの禁欲主義とは、このように無名で共同的な、神を媒体とした拷問の受苦の歓びをあらわすものであり、それが美術の領域でも、たとえばグリュネワルトなどに見られるごとく、しばしば異常なまでに酸鼻をきわめた、死の醜悪さを誇張する傾向を生じたのである。若いハンス・カストルプ青年に向かって、ナフタ教授はさらに説明する。
「魂の世界や表現の世界から生まれた物は、いつも美しさのあまり醜悪であり、醜悪であるために美しいのです。それが法則です。そういう美は精神美であって、肉体美ではありません。肉体美なんてまったく愚劣です。ただ内面美、宗教的表現美にだけ真実性があります」と。
 この意見は、そっくりそのまま、ベルイマンの芸術にも当てはまるような気がする。ベルイマンの映画には、イタリア映画におけるがごときロマンティックな美男美女など、ひとりとして出てこない。登場するのはすべて、陰翳のある暗い魂の持主ばかりである。病や狂気に侵された、悲惨な肉体の持主さえある。たしかにナフタ教授のいう通り、ここでは「肉体美なんてまったく愚劣」なのだ。ただ苦悩する精神、懐疑する精神、禁欲的な精神のみが、もっぱら「醜悪であるために美しい」のである。
『第七の封印』のなかに、痩せさらばえた黒衣の鞭打教徒たちの、鬼気せまる怖ろしい行列のシーンがあったのをおぼえておられるだろうか。ある者は香を煙らせた壷を下げ、ある者は大きな十字架をかつぎ、ある者は自分で自分の身体に鞭をあて、泣き叫び、祈り、うめき声をあげながら、異様な興奮のうちに村から村へ、よろよろした足どりで練り歩く。中世のマゾヒズムの極地ともいうべき、終末の不安におびえる民衆の狂気のすがたを、ベルイマン監督は見事に描き出していた。


なるほど、ベルイマン作品は鞭身派的であるかもしれないですね。

*「鞭身派」というのは「分離派」の一派であり、分離派に関してはこちらの澁澤本 の他、ドストエフスキーの所で、いろいろ言及しています。
こちらから是非~

そして次の箇所には思わず拍手でした。(笑)

 彼が決して観念臭芬々たる前衛的な手法を用いないところも、わたしの大いに気に入っている点の一つである。近ごろは、やたらにアンチ・ロマンかぶれの前衛映画がはびこり出し、前衛の価値がすっかり暴落してしまったのは残念な次第だが、それにしても、たとえば、腑抜け男と高慢ちきなブルジョワ女が、ふやけたような恋愛をしているアントニオーニなんぞの世界とくらべてみて、わたしは、どれだけきびしい、男らしい、ベルイマンの世界を愛していることだろう。少なくとも、ここには本当の懐疑的、禁欲的精神があるのだから。

*ベルイマン作品のレビューいろいろ書いてますので、是非スウェーデンのカテゴリあたりから飛んでみてくださいませ。

ベルイマン

 

 

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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
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