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『ハンガリー"千年王国"への旅』その2 英雄話 2005.6.2

昨日ルービック・キューブ等について書きましたが、またまたこの本からです。

この前の旅行、ウィーン、プラハ、ブダペストのガイドブックを見ると、ハプスブルグ家と言うのは、戦争ではなく婚姻によって領土を広げていったと言う、なにげにいい印象を抱かせられていた気がするのですが、ハンガリー側から見ると、オスマントルコをやっつけてくれたハプスブルグ家だけど、トルコに支配されていた時よりも、さらに長く辛いハプスブルグ家による支配が続いたと言う事だそうです。
アンチハプスブルグとして戦った人達が英雄とされている事が多いです。
辛い時代を通って来たからこそ、愛国心もそれだけ強いのでしょうか。ハンガリー人の愛国心は、真直ぐで気持ちの良いものに感じられます。
それにしても、こんな国で生まれ育っていたら、私も愛国心が持てたかも・・・羨ましいと思ってしまいます。

数々の英雄の中でも、とっても心に残ったこの人の事を。
あの素晴らしく美しい「くさり橋」をつくったセーチェーニ・イシュトヴァーンです。

彼はハプスブルグと真っ向から対立するのではなく、上手に和協していくことが一番の得策であることを唱えた人だそうです。

世の中には、人様の税金で飲み食いし、海外旅行に何10万円も使ったりして遊ぶ金に使ったり、或はテレビの受信料を人から取っておいて、それを自分の遊ぶ金に使ったりする人達もいるわけですが、そーゆー人達はセーチェーニ・イシュトヴァーンの爪の垢を煎じて飲んでください。
彼は国の為に、自分のお金を費やした人なのです。

ブダとペストを結ぶ最初の石橋を建設するために、イシュトヴァーンは貴族たちに呼びかけて建設費を募り、自らも多額の寄付をしたそうです。
それがあの「くさり橋」です。
こちらに私の撮った写真があります。一番下の夜景の右側も多分…。ライトアップするとチェーンのように見えます。きれいだった~♪

そして、くさり橋のペスト側の袂にある、科学アカデミーの荘厳華麗な建物。これはイシュトヴァーンが自分の一年分の収入を、そっくりそのまま寄付しているとか。

しかし、1848年4月にスタートした独立内閣が、発足と同時に様々な問題を抱え、解決できないまま半年後の九月に分裂。イシュトヴァーンは失望のあまり精神病を患い、サナトリウムへ。
そして1860年にピストル自殺を遂げたそうです。

以下引用。

決定的に異なるのは、エステルハージやフェシュテティチュがハプスブルクとのつながりによって築いた富を主に自らのために使ったのに対し、セーチェーニは国民のために使ったことである。



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ハードロックギタリストで作詞作曲家(まだアマチュアだけどな)吉乃黄櫻の読書ブログ。
60~70年代のロック、サイレント~60年代あたりの映画、フランス・ロシア・ドイツなどの古典文学が好きな懐古趣味人。
西武ライオンズファン。
峰不二子、デボラ・ハリー、ウエンディー・O・ウィリアムスが憧れの人!

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